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笑うムルジム24

 
 酒場はまだ店が開くには早かったので、シャーはリーフィの控え室に入れてもらい、包帯を替えてもらったり、頬を冷やす手ぬぐいをもらったりした。
 酒場は昼前には一応開くので、女の子達はすでに何人か集まっていたが、リーフィがシャーと仲良くしているのは今にはじまったことでないので、あきれながらも気にしていない様子だった。 
「シャー、何か飲み物でも用意しましょうか?」
「あ、そ、そうだねえ」
 リーフィにそうきかれて、そういえばシャーは、今日は朝飯を食べ損ねていたことを思い出していた。正直、今日は二日酔いが酷いので、何も食べる気が起きないので、今も食欲はなかった。今まで、リーフィとすんなり和解できた安心感と今までの緊張のせいで、すっかり忘れていたが、落ち着いてきた今に頭痛が戻ってきていた。
 リーフィがその様子にぴんときたのか、小首をかしげてきいてきた。
「シャー、もしかして、二日酔い?」
「ん、その、ま、まあ、そうかな。い、いやあ、昨日、ちょっと飲みすぎちゃって……」
 慌ててそう明るくごまかしたが、リーフィは心配そうな顔になった。
 シャーは、基本的には酒には強く、足元がふらつくほど飲んでいても、なんだかんだで意識は保っていた。そして、どんなに飲んでいても、大抵けろりとして朝からご機嫌にやってくる。普段は、舎弟の前では全くいいところのないシャーであったが、酒の強さだけは周囲から認められていた。
 そういうシャーの二日酔いはかなり珍しい。言い換えれば、それだけ悪い酒の飲み方をしたということである。
「少し待っていてね」
 リーフィはそういうと、部屋の外にでていったが、ほどなくして温めたスープに卵を落としたものと温かいお茶を入れて戻ってきた。
「賄い用の昨日の残りのスープだけど、よかったら……」
「あ、ありがとう。気を遣わせて、ほんと、ゴメンね」
「ううん、気にしないで。シャーが元気がないと、すごく心配になるもの」
 シャーは、リーフィの気遣いに思わずじーんとしてしまった。つくづく昨夜の行動の馬鹿さ加減が呪わしくなったが、今は彼女の優しさに甘えることにする。リーフィを前に、自己嫌悪で落ち込んでいる場合ではないのだ。
「それで、リーフィちゃん、アイツのことなんだけど……」
 シャーは自分から話を振ってみる。
「リーフィちゃんは、何か有効な情報つかんでいるの?」
「有効といえるかどうかはわからないわ。私がつかんでいるのは、彼が賞金首を追いかけているらしいっていうことぐらいなの」
「そうか、似たようなものだねえ」
 シャーは、スープをすすりながらため息をついた。
「シャーも、何が探っていたのでしょう?」
「ん、まあ。でも、肝心のところを知っているのは、ジャッキールのダンナなんだよねえ。あの男何かつかんでるくせに、どういうわけが口を開いてくれないから」
「ジャッキールさんが黙っているというのは、何か裏があるのだわ」
 リーフィはうなずいた。
「ジャッキールさんは、意味もなく隠し立てする人じゃないものね」
「でも、あいつがさっさと口を開いてくれりゃア、あいつらが探している賞金首のムルジムが誰かわかるっていうのにさあ」
 やれやれとシャーは、ため息をついた。
「でも、オレもダンナにゃ今はちょっと強引に聞き出せないし」
 なにせ、借りができてしまった直後なので、いつものように強気に出られない。
「いっそのこと、リーフィちゃんがアイツに話してくれるように迫ってくれたら、ダンナ、女の子には弱いからつるっと口を滑らせるかも」
「まあ、そうかしら。ああ見えて、ジャッキールさんは、余計な事は絶対に喋らないわよ、きっと」
 シャーは、面白くなさそうにため息をつく。
「そうかなあ」
「そうよ」
 リーフィは、にっこりと微笑んだ。
「焦っても仕方がないわよ。ジャッキールさんなら、きっと話すべき時に話してくれるわ」
「だといいけど。あのダンナ、ああみえて、変なところで頼りにならなくってさ。どうも、忘れてることがありそうで……。変なところで大ボケかましやがるんだよな」
 シャーが頬杖をついてそれによりかかったとき、ふとリーフィがそういえば、と言った。
「シャーは、ベイルの借金取りには会ってないの?」
「借金取り?」
 シャーは、目を瞬かせた。
「そう、ベイル、借金取りにおわれていたの。実はね、私、ミシェに会う前にベイルの借金取りに会ったのよ。それで、彼がまた追われていて、身を隠していることをしっていたの」
「そっか。オレは確か」
 シャーは、記憶を辿った。陽光が入るとちらりと青くみえる瞳がぐるりと右上を向いた。
「ええと、最初にあの子、ミシェだったかな、彼女を尾行したときに見かけたよ。なかなか凶悪なツラぁした……。アイツら、あの子にアイツがどこにいったのか聞きまわってたぜ」
「ええ、彼らが少し前、この界隈をうろついていて、彼を知らないかときかれたわ」
 リーフィは、かるくうなずいて、頬に手を当てた。
「きっと彼はかなり催促されていたのだと思うの。その借金を返済する為に、一発で大金が手に入る賞金首を狙っていると思うの。けれど、そんな大金がかかった賞金首は一体何をしたのかしら」
「俺もそれを調べていたんだけど、なんだかよくわかんなくて……。ダンナがその辺を調べてくれてるんだけどさ。ただ、そんな大金が絡んでるなんて、ちょっときな臭い話のような気がするんだ」
 リーフィは、そう、とうなずいて続けた。
「けれど、彼自身が借金取りなんかに追われていて、そんな賞金首を追いかけられるかしらね。考えなしな彼ならありえることだけれど、でも、もしかしたら」
「もしかしたら?」
 リーフィは、シャーに視線を合わせた。
「この前、借金取りに声をかけられたといったでしょう? 私、あの人達を知っているわ。彼の借金を立て替えて払ったことがあるの。けれど彼らを見かけたのはそれっきりなの。彼らはしつこくって、多分、ベイルが見つからないのなら、私のところに何度も聞きに来ると思うわ。もしかしたら、彼はすでに借金取りに捕まっているのかもしれないわね」
「え? でも、昨日リーフィちゃんの家の前にきてたじゃんか」
 シャーが目を丸くしてたずねる。
「それで思ったのよ。借金取りの人たちも、賞金首をねらっているのでないかしら。でも、賞金首の人は本当に強い人で、借金取りたちもベイルの力を必要としていた」
「あの男は、確かにああ見えてソコソコ腕は立つからね」
 シャーが、同意する。
「ええ、助っ人としてはぴったりだわ。弱みも握っているから、彼も断らないでしょう。もともと自分でも探していたのだし」
「それで、借金をチャラにするから協力しろって言われてるってこと? それはありえるけど」
「ベイルが私に会いに来たのは昨日だわ。話がまとまったといっていたのよ。探している男の情報が手に入った。その代わり、本当に危険な仕事だから、成功してもこの街にはいられないってね……」
「そういえば、おとつい、あのたちの悪い酒場でも見かけたよ。追われている割りにゃ、余裕な面で話し込んでいるから、追われてるヤツらとは別の縄張りの酒場だろうなと思ったから、それで安心してるのかと思ったけど。もしかしたら、そのときはもう話がついてたのか……」
 リーフィは、指を組んだ。
「けれど、そんな上手い話なのかしらね? もし相手がそんなに危険な賞金首なら、たとえ勝てたとしても、用済みの彼は無事に逃げられるのかしら」
 彼女は心配そうに目を伏せた。
「昨日、彼があまり神妙だから不気味に思っていたの。もしかしたら、彼は成功しても失敗しても、後がないのかもしれないわ」
 シャーは、ふむ、と唸った。確かにリーフィの懸念ももっともだった。
 けれど、それは探している賞金首がどの程度「危険な」男かによるだろう。どういう事情で賞金首として追いかけられているのかだ。ただのゴロツキの喧嘩に絡んでいたり、なにかの意趣返しで狙われているのならまだいい。裏に、もっと深い事情が絡んでいるとしたら、その事情を知ってしまった者も消されてしまう。
 ベリレルがそうした使い捨て要員に選ばれた可能性があるとしたら、それはよほど黒い話がかかわっていると見てよかった。
 自分はかかわりたくもないのに、暗く陰惨な陰謀に巻き込まれた事のあるシャーは、なんとなくその勘にひっかかるところがあって気がかりになっていた。最初はそんな大事だと思わなかったけれど、本当は何かもっと裏がある話なのではないだろうか。『ムルジム』には。
「それなら、ちょっとオレも方法考えてみるよ」
 それから、シャーは、少し心配そうなリーフィに笑いかけた。
「リーフィちゃん、そんな顔しないでよ。オレ、今日から、本気で本気の、それこそマジでやるからさあ。マジなときのオレのこと、リーフィちゃんよく知ってるでしょ? ね、信頼してよ」
 リーフィは、そんな彼に笑ってうなずいた。
「私は、シャーのことはいつでも信頼しているわ。時々心配になることはあるけれど、シャーならいつでもどうにかしてくれるもの」
「んふふ、そんなのいわれると照れくさいなあ、オレ」
 陽気にわざとおどけて応えながら、シャーは、リーフィの出してくれた飲み物を口に含んだ。
 さわやかな酸味が、まだ少し痛んでいた彼の頭痛を散らして、視界をすっきりさせてくれたような気がした。
(それにしても、ダンナのつかんでる情報ってなんなんだろう。賞金首のムルジムって一体?)
 シャーは、ジャッキールのことに思いを馳せた。
 ジャッキールのヤツは、今回の件について、かなり深い何かを知っているのだ。間違いなく、ムルジムという謎の人物に対して、何かを確信しているし、この事件の裏にどんな事情があるのか、大体予想がついているのだろう。
 けれど、彼は口を割らない。それは、本当に彼が言うように「情報が足りないので、不確実なことはいいたくない」からなのか、それとも別の理由からなのかはわからない。
 しかし、彼は、その対象に向けて自分達とは別のアプローチをするのだろう。なんとなくそんな気がした。それで結果が出てからでなければ、ジャッキールは、その話をしないつもりなのかもしれない。


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