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魔剣呪状31

 たた、と走ってきて、シャーはいったん足を止めた。さすがに息はあがっている。それを軽く整えつつ、彼は周りを見回した。相変わらず人気のない、廃墟だらけの区画だ。
「チッ、どこにいったんだ?」
 シャーは、くるくるの髪の毛をかきやりながら呟いた。
「あの旦那としゃべっているうちに、おいてかれちまったな」
 少し考えて、シャーはちらりと闇の凝ったほうに目を向ける。悪党は闇に身を隠したがるものだ。
「まあ、ちょっといってみようかな」
 そんな独り言をつぶやきつつ、シャーはそっとサンダルばきの足を進めたが、一瞬、ちらりと光が目に入った。
「うおっ、と!」
 シャーは、身を翻す。その横を、前に転びそうな勢いで、誰かが通り過ぎていった。
「物騒だな」
 シャーは、後退して、軽く片足だけでたっと着地する。目には、きらりと光る剣があった。
「いきなりつっかかってくるとはね、と……」
 シャーは、一瞬きょとんとした。
「アレ、あんたは」
 シャーは、目をぱちくりさせて、相手を見た。
 テルラだ。夜の闇でわからなかったが、間違いなくあの時酒場に現れた青年である。
「あんたかい。探されていたぜ。知っているのか?」
 シャーは、いつもと変わらぬ口調で言った。テルラの目は、夜の闇でも、はっきりわかるほどぎらついていた。
「お前とあいつが一緒にいるのを見たぞ!」
 テルラはすでに怒り心頭といったところで、シャーの言葉をきこうという意思も感じられなかった。ぎらつく剣を握り締めたまま、彼は怒りのままに、叫んだ。
「お前たち! 最初から組んでいたんだな!」
「何を言ってるのかしらないが」
 シャーは、少し息をついて、剣に手をかける。
「あんまり、そういう風に剣を抜くのはやめとけよ。オレは、普段はジャッキーちゃんより優しいつもりだが、……切れるとどうなるかわかんないぜ」
「黙れ!」
 テルラは、どちらかというと、あまり感情をあらわにしない朴訥な青年だ。だが、今ははっきりと怒りの形相を浮かべて、そのままシャーに切りかかってきた。
「チッ、仕方がないぜ」
 シャーはそうはき捨てると、一気に剣を抜いて、飛び掛ってきたテルラの剣を受け流しながら、後退した。続けてテルラは何度か突っ込んでくる。
 軽く後退しながら、シャーは、明らかに違和感を感じた。
(何故だ)
 テルラが気合の声をあげながら、飛び込んでくるのを軽くかわす。
 確かに、ジャッキールと剣の流れは似ている。だから、彼の手をジャッキールのものと間違えたのは、わからなくもない。
 だが、決定的に違うものがあるのだ。
(こいつは、弱すぎる)
 まるで初心者じゃないか。シャーは、剣を握りたての少年の稽古の相手をしているような気分になった。
「畜生!」
 よけられてテルラは、振り返りざま思い切り突いてくる。だが、それにしたって、素人すぎた。シャーは、あっさりと下からそれを払った。あっという間に、テルラの手から剣がこぼれる。
 反射的にテルラの前に剣を突きつける。劣勢にたたされたテルラは、後退気味になった。
(何故だ?)
 シャーは眉をひそめた。
(なぜだ。あっけなさすぎる。……こんなに弱いはずは……)
 剣を持っていれば、技量はなくても人は殺せる。だが、アレはそこそこの技術がないとできないものだった。
 シャーは、青年を見下ろす。敵意をもってこちらをみている、青年の瞳は、しっかりと澄んだものだった。血に騒ぐ男は、こんな目をするだろうか。いや、それよりも、目の前の青年に、狂気が感じられない。
 剣にすべてを託している人間は、剣を狂信している分、強くなるものだ。普段から強いジャッキールでも、フェブリスを使っている間は、普段より厄介になっているはずだ。あそこまでとはいかないが、その剣のために、凶行を行っている人間が、これほど弱いとは思えなかった。
「待て!」
 突然、暗闇から声が走った。ちらりとそちらを見ると、闇にまぎれるようにこちらにジャッキールが走ってきているのだ。 黒いマントが、たなびいているのがかすかに見えた。
「ジャッキール?」
「やめろ、アズラーッド!」
 あわてて走ってきたジャッキールは、シャーに向かっていった。よほど急いで走ってきたのか、珍しく息を切らしている。だが、息を継ぐ暇もなく、ジャッキールは続けていった。
「その男ではない! その男は関係ない!」
「え? ど、どういうこと?」
 ジャッキールが、いきなり擁護したので、当のテルラのほうが驚いたような顔になっていた。ジャッキールは、一度息をついて、呼吸を整えると、静かにこちらに歩み寄ってきた。
「この男は、確かにハルミッドの弟子だが、この男がやったのではない」
「だが、カディンじゃない。アイツは腕利きだったがアイツじゃないのは、剣ですぐわかった。こいつでもないとしたら、誰なんだ。弟子がやったといったじゃないか、ジャッキール」
「そうだ。カディンでもない。……ハルミッド自身、ある程度剣を使える男だった。あいつの弟子なら、誰でも使う」
 ジャッキールは、珍しく早口で答える。
「おまけに、ハルミッドは、俺の剣術をよく見ていたし、時に弟子に教えさせることがあった。貴様が当初俺の手と間違えたのは、その男が俺の癖を知っていたからだ。わざと真似たに決まっている。俺はほんの少しだが、あやつに剣を教えたことがある」
「カディンでもなくて、こいつでもないって、じゃあ……」
 ジャッキールは、何か確信をもったような目をしていた。
「そうだ。ハルミッドには、弟子が二人いた。俺が剣を教えたのは、もう一人の男のほうだ。だから、メフィティスをもっていったのは……」
「うそだ! 師匠を殺したのは、お前だ!」
 テルラが、突然声を上げた。
「お前に決まってる! オレはお前が師匠の返り血を浴びているのを見た!」
「落ち着いて話を聞け。あの返り血は、賊を殺したときのものだ。大体、俺には、無料で剣を修復してくれたハルミッドを殺す理由がないだろう。それに、仮にメフィティスを目当てにしていたとしても、どうして俺がメフィティスを持っていない」
 ジャッキールは、なだめるように言う。
「それに、貴様、うすうす感づいていたはずだ。あの後、やつの行動がおかしいことを。……都に出てきたのは、それを確認するためではなかったのか?」
 それをきき、テルラはがくりと肩を落とした。ジャッキールの言うとおり、彼はメフィティスを持っていないし、大体、ジャッキールが犯人であれば彼が自分をかばう理由がないのもよくわかっている。
 ジャッキールは、おとなしくなったテルラを見、シャーのほうに向き直った。なにやらそわそわしている。
「アズラーッド。リーフィ殿はどこにいる?」
「どこにいるって……」
 シャーは、きょとんとした。
「どういう意味だ? アンタが探しにいったんだろ」
「だが、酒場にリーフィ殿はいなかった」
 ジャッキールは冗談を言わない。シャーは、あわてて彼に食って掛かった。
「何! どういうことだよ!」
「わからん。あてのあるところを回って見たが、この周辺にいなかった。貴様のほうにいったのではないかとおもい、こちらに回ってきたのだが……」
 ジャッキールは、心配そうな表情になっていた。
「まさか……リーフィちゃん……」
シャーは、背筋がぞっと冷えるのを感じた。
 いけない。この感じはいけない。
 そのとき、突然、悲鳴がきこえた。闇に消え入るような声は、その人物の断末魔を伝えていた。


 手に提げた剣は、月光の光を浴びて、禍々しい姿をさらしていた。ああ、なんという醜い剣なんだろう。リーフィは、思わずそう思った。
 本当は美しい剣のはずなのに、なんて浅ましい姿なのだろう。ジャッキールの持っていた、あの気品のある剣とはまるで違う。似た造形をしているのに、まるで別物だ。
「叫べ」
 男は言った。血のついた剣を振るいながら。
「叫んでもいいといっているだろう? ……その方が、メフィティスが喜ぶ」
 リーフィは、そこに立ちすくんでいた。彼女の目の前には、一刀のもとに斬り捨てられたカディンが倒れていた。生きている様子はない。
 男は、彼を斬った剣を下げたまま、リーフィのほうを見ていた。血の色に酔った目は残虐にゆがむ。
「あなたね」
 そのとき、リーフィの声は冷たい空気に月光のように冷たく響き渡った。
「今回のすべての犯行は、……あなたがやったのね?」
 リーフィの声は不穏に透明で、おびえが見えない。男はどこかぎくりとしたようだった。リーフィの瞳は、恐怖のかけらもみせず、例のごとく冷ややかだったからだ。
「……この人は、あなたのパトロンでしょう。あなたを援助していたはずなのに、とうとうそれも殺すなんて……どういうつもり?」
「恐くないのか?」
「恐くないわけではないわ。私は、ただ理由を知りたいの」
 リーフィは、少し目を細めた。
「死ぬ前に理由を知りたい……か。まあいいだろう。教えてやってもいい」
 男は、笑いながら言ったが、次の言葉を吐き出したとたん、それは怒りの感情をあらわすものに変わっていた。
「奴は、メフィティスをほしがった」
 リーフィは、冷徹なほど無表情だ。男はそれに怒りをぶつけるように吐き捨てた。
「あいつには、この剣のすばらしさがわからなかったのだ。あんな奴の手元において、ただ飾られる剣にするぐらいなら、折ったほうがましだ。……だから、殺した! ……ああ、でも、これで清々した。これで、メフィティスを手に入れようとするものはいなくなったんだからな!」
 男は、そうはき捨て、満足げに口元をゆがめた。リーフィは、わずかに眉を寄せた。目の前の男はすでに狂っているのかもしれない。あの剣のせいで。
「大体わかったわ……。あなたにとって、この人は邪魔だったのね?」
「ああ、そうだ。だが、お前もよかっただろう。この男、俺に殺されなければ、お前を殺していたぞ」
「けれど、私はあなたが殺すつもりなのでしょう?」
 リーフィが言うと、男は無言になった。笑っているのだ。
「あなた、ジャッキールさんとテルラさんを知っているわね?」
 リーフィは言った。
「なぜそう思う?」
「あなたの剣は、あの人の剣にそっくりだわ。……あの人は、この事件はハルミッドという鍛冶屋が殺されて始まったといっていたわ。ジャッキールは、そこの工房に行っていた。テルラは、あの人を追いかけてきた。だとしたら、その犯人は、必ず三人とかかわりがあるはず。あなた、ハルミッドという人の、弟子でしょう?」
「は、はは」
 男は笑う。
「ふ、ふふ。さすが、女神(メフィティス)の選んだ獲物だな」
 男の唇が冷酷に引きつった。
「目の前で人が死んだのに、その冷静なまなざし。恐れを見せない瞳。冷たい顔の美しい女だ。お前のような女を殺せば、彼女も満足してくれるだろう。そして、俺は彼女の、いや、師匠の鍛冶の秘密を知ることができる! お前は、最高のいけにえだ!」
 男の言動は、もはや正気だと思えなかった。リーフィは、それでも少し不安そうに、手をぎゅっと握り締める。だが、表情には出さずに言った。
「私を殺すのも、すべてジャッキールさんになすりつけてしまうつもりなのね?」
「あの男を知っているのか?」
 男は嘲笑するような声で言った。
「ええ。知っているわ。少し恐い人だけど、本当は……とても繊細で優しい人よ」
「優しいだと? 奴をかばうのか?」
 男は、大声で笑った。
「哀れなやつだ。あの男は」
「哀れ?」
 リーフィは、聞き返す。男は笑いながら語りだした。
「あの男は、頭の箍(たが)が外れているからな。剣を握ると後先のことが考えられない。だからこそ、わなにはめやすいんだがな。あいつは、とっくの昔に狂っているのさ」
 剣がかたかたと軽い音を立てていた。まるで剣もあざ笑っているようだ。
「ああいう狂った奴は、死んでもらったほうが世のためだ。あいつは人を殺すことをなんともおもっちゃいないんだからな。フェブリス(あんな剣)を持つ資格もない。だから、すべて背負って死んでもらうことにしたんだ。そのほうが、世の中のためだからな!」
「あなた……卑怯だわ」
 突然、リーフィは言った。その声に、男はぎくりとした。
「あなたはジャッキールが狂っているといったけれど、あの人は少なくとも、自分の行いを人になすりつけて逃げたりはしないわ。それに、あの人は、斬ってはいけない人を斬らない。……あの人が斬るのは、自分と同じ舞台に上がった戦士だけよ。それをあなたは、自分の為に無差別に人を殺し、おまけにその罪から逃れるつもりなのね」
 リーフィはいつになく饒舌だ。まるで鉄でできたように、表情がまったく変わらない外見からはわからないが、彼女なりに憤りを感じているのかもしれなかった。
「あの人は、確かに壊れたところがあるのかもしれない。けれど、あなたは、卑怯だわ! あの人の足元にも及ばない!」
「黙れ!」
 リーフィの声に、刺激されたように、男は叫んだ。
「黙れ! あんな奴がフェブリスを持っていること自体が、おかしいんだ! 師匠が、あんな奴を買いかぶったのが悪い! あんな奴に、メフィティスをさわらせたのが!!」
 男は、ざっと剣を振りかぶった。
「すべて、あの男が……!」
 男の目は血走っている。リーフィは、冷ややかなまなざしで迫る剣を見つめた。世界が赤く見える。それは、彼女の目の錯覚だろうか。
「やめろ! それ以上やっても、何もわからんぞ!」
 突然、リーフィの背後から声が聞こえた。刃物の光が、彼女の目の端を通り過ぎる。男は、そのとき、とっさに体を退いた。火花が散り、目の前に黒い塊がよぎる。金属音とともに、男の姿がふと闇に消えた。
 いつのまにか、リーフィは、黒衣の人物にかばわれる形になっていた。
「チッ……」 
 目の前の人物は、軽く舌打ちし、わずかに歯噛みしたように見えた。リーフィには、ようやく彼の正体がわかっていた。
「ジャッキールさん」
 そうつぶやくと、彼はちらりと彼女の方を向いた。心なしか青ざめているようだったが、元から青い彼のこと、よくわからない。
「……怪我などはないか?」
「え、ええ」
「リーフィちゃん!」
 追いついてきたシャーが、慌ててリーフィを抱き寄せるように後ろにやった。その後ろから、テルラが心配そうについてきていた。
 男は闇にまぎれている。ジャッキールは叫んだ。
「出て来い! いるのはわかっている! 貴様だということもな!」
「もう少しのところだったのに!」
 男の声が、忌々しげに響いた。
「相変わらず不死身だな、ジャッキールの旦那。おまけに勘もいいとは、意外だったよ」
 そういわれ、ジャッキールは、薄く笑った。
「……ふ、俺も今の今まで一応こういう世界で生き抜いてきているのでな。その辺の匂いをかぎ分ける程度の能力ぐらいある」




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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。