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魔剣呪状15


 ふわりとゆれる薄布が宙を舞い、弦楽器の響きが室内に響いていた。人々の注目を集めて踊るリーフィの顔は、表情をあらわさないだけに、凛とした迫力のような美しさがあるようにおもう。手の動きにつれて踊る布の動きを目で追いながら、彼女に魅了されたように客は周りのことを忘れているようだった。
 だが、例外的に一角だけ、妙な緊迫感に彩られた場所があった。厳密に言えば、それは三人の人間のいる空間の間ということになるかもしれない。
 そもそも、一番リーフィにでれでれしていそうなシャー自身が、リーフィのことをあまり見ていなかった。なぜなら、隣のメハルが、リーフィに嘆息をついているようにみせて、周りの様子を伺っていることをシャーは気づいていたし、背後のカディンが、てんでリーフィのことを見ていないことも先刻からまったくかわっていないのも知っている。シャーはシャーで、酒を飲みながら相手に気付かれない程度に様子を見ているのだった。
 メハルは、まあ、様子を見る正当な理由があるだろう。彼は、そもそも、カディン卿のことを探りにきているのだし、リーフィに目を向けないのも職務に熱心だからといえば、そうかもしれない。
 だが、問題はカディンである。
(やっぱり、普通じゃないよなあ。あの見方は)
 シャーは、そんなことを思いながら、カディンが自分とメハルの剣に見入っているのを見ていた。どこかしらうっとりするような、それでいて、今にもこちらにつかみかかってきそうな目をしていると彼は思った。
 カディンは、剣を手に取りたくて仕方がないに違いない。
(入ってきて、すぐ、客の顔をみるまえに、持っている剣を確認するとは、まあ、随分なご執心だな、ホント)
 もしかしたら、カディンは最初からこのチャンスを狙っていたのかもしれない。シャーはふとそう思う。リーフィに踊って見せろといったのは、単に余興がほしかったからというより、誰にも悟られず、客の持っている剣を物色したかったからなのかもしれない。そして、その対象は、おそらく自分とメハルのどちらか、であるか、もしかしたら、両方かもしれない。
 ともあれ、そのために、酒場の客の目をリーフィにひきつけさせたかったのだろう。
 少々方向性は違うが、どちらにしろ、カディンが目をとめてもおかしくない剣ではある。そもそも、シャーの剣の方などは装飾からして、あきらかにこの辺りのものとは違うので目立つだろう。
(しかし、どこまで怪しくても、それがコイツがそうだっていうには、どうにも――)
 問題はカディンが果たしてどこまで剣を使えるのかである。多少の覚えはあるかもしれないが、多少の覚えぐらいでは、あんな真似はできない。当初、シャーがあれをジャッキールの仕業だと疑ったのは、あれぐらいの芸当をできるものがそうそう思い浮かばないからだ。
 少なくとも、ジャッキールは多少荒削りなところもあるが、あの剣の使い手としては、最高峰の部類に入るはずだろう。ジャッキールの場合、そこそこの手練れを相手にしても、大体一閃で葬り去ったりするぐらいなのであるから、彼のはまあ神業級だとしても、それに準ずるぐらいの腕はほしい。
 それを、貴族のカディンが持っているかどうか、ということについて、今の時点ではシャーにはよくわからない。
 現時点でも十分にわかるのは、カディンの執着が少々度を越しているということだけだろう。
(まーったく、なんで、出会う奴出会う奴、こうアレなのかねえ)
 経緯を思い出しながら、シャーは思わず癖の強い前髪に手をやった。
 ジャッキールをはじめとして、このところ、会う人間会すべて、何かしら怪しい気がする。
 まず、この事件に関わっているというあのつるぎ。状況とジャッキールの態度を考えると、どうも、鍛冶屋が殺されたときに持ち去られた剣というのが問題なのだろう。もし、そうなのだとしたら、その剣を持っているものが犯人だ、ということになるのだろうが。
 しかし、ジャッキールのものと同じ刀工が作ったのだと考えて、ジャッキールの剣と同じ特徴をもつ剣は、シャーが見ただけでも三本。
 まず、弟子のテルラが持っていた剣。そして、カディンが携帯している剣のうちの一本。テルラが師匠の剣を護身用にさしてくるのは、まあ、当たり前である。カディンにしても、収集家の彼なので、何かの手段で手に入れている可能性がある。
 そして、メハルが持っている剣。飲んでいる間、観察していたが、どうもその剣も無関係でもない気がするのだ。メハル自身が、そこそこ使える腕の男であることは予想できるので、あの性格を知りつつも、何となく疑ってしまいそうだ。
 ただ、ジャッキールが持つ剣ほど、妙な気品を漂わせているものはない。だから、シャーも断言はできないのだが、あの種の剣自体、このあたりで持っているのが珍しいのだから、目立って仕方ない。
(ショージキなところ、怪しい奴がごろごろいすぎなんだよなあ)
 シャーは、内心そういって首をひねる。
「なんというか、ジャッキールの奴から事情をもうちょっと聞きだしておくべきだったかな」
 思わずポツリと呟く。この状態であちこち疑うのは、疑心暗鬼に陥るのが関の山だ。それでは、何の解決にもならないだろう。
(それにしても、オレはいつから、この件を解決させる気になったんだ?)
 シャーは、思わず苦笑した。いつもは、ちょっと好きな子のためだとか、そういう理由がくっついてくるのだが、今回は果たしてどうか。酒が飲めないのと、リーフィがちょっと心配な以外、直接的に利はないわけで、少々踏み込みすぎているのかもしれない。
 しかし、自分も結局こういうことに関わらずにいられない。それは、もしかしたら、あまりまともでない方の自分の主張なのかもしれないし、あるいは因縁みたいなものかもしれない。
 ふと、隣のメハルが、音をたてたのがわかった。シャーは、何事かと目をやる。メハルは後ろのほうをみて、慌てて代金を払って席をたったようだ。
「どうしたの? 踊りは今からが盛り上がりじゃないの?」
 シャーが小声で声をかけると、メハルはやや慌てたように言った。
「うるせえな。それどころじゃねえんだよ」
「何よ、そんな慌てちゃってさあ。無風流だネエ」
 シャーは、そうメハルに声をかけるが、メハルはふんと鼻を鳴らして出口の方に歩いていった。そこに一人男が待っていて、メハルは慌てて彼から報告をきいているようだった。それをききおわったメハルは、血相を変えて何事かいう。
 シャーには、おおよそ何を報告されているかの見当はついていた。そうこうしているうちに、メハルはそのまま外に姿を消す。シャーは、手元にあった鶏肉を口に投げ込みながら、何となく事の顛末がわかったような気がした。
(ジャッキールのダンナが、また何かやったかな)
 本当に要領の悪い奴である。大人しくして、どうにかうまくこなせば、疑われることもあるまいに。
(ヘマしてつかまらなきゃいいけどねえ〜)
 その前に、役人が斬られないか心配だが、さすがのジャッキールも役人を切り倒してすすんでお尋ね者になるほどには馬鹿ではないだろう。もし、それをやってしまったら、本当に救いがない。
「おい」
 声をかけられ、シャーは、そちらの方を見た。
 声をかけたのは、先ほどリーフィに戯れかかっていた男の一人。だが、その後ろにはカディンが立っている。
「あ、あの、なんでしょうか」
 シャーが振り返ってそう尋ねると、男はやや困惑気味にカディンの方を指した。
「こちらのお方が、お前に話があるそうだ」
「ええ? 今ですか?」
 シャーは、ちらりとリーフィの方を見やった。
「でも、踊りもちょうど盛り上がりのところだし、今って言うのは〜」
「なんだ、お前! こういう風にこちらのお方がおっしゃっているのに……」
「まあよい」
 いきりたち、危うくシャーの胸倉をつかみそうな男に、カディンがたしなめるようにはいってきた。
「確かにそれについてはわびるが。だが、用はすぐに済む」
「すぐに、とは?」
 主人がいきなりはいってきたので口を閉じた男を尻目に、シャーは直接カディンを見やりながら訊いてみる。カディンは、しかし、シャーの顔をろくろくみてもいないようだった。カディンのほうはすでに剣をみているようだ。
「見れば、面白い剣を持っているようだが」
「ああ、そういわれれば」
 シャーは、足元にあった剣をサンダル履きの足の上にのせてうまく手に取った。異国の植物を象ったような鍔に、細工された鞘。それだけでも、シャーのような男がもつには、ちと不似合いではある。きちりとはめられた鞘からは、刃の光はまったく漏れていない。カディンはいよいよそちらに目をやった。
「そういわれれば、珍しい剣かもしれませんな。いや、これは、東の旅人から、オレがもらったもんですけど」
「もらったものか?」
 ああ、それならちょうどいい。と、カディンは言った。
「どうだ、ソレを私に譲る気はないか? それなりの対価は払うし、けして悪い取り引きではないと思うが」
 そういって、剣に手をだそうとカディンがしたとき、シャーはついっと鞘ごと剣を引き寄せた。
「……あんたには駄目だな」
 シャーは薄く笑った。カディンは、はじめてシャーの方をみやる。先ほどまで特に印象のない男だった。その三白眼気味の瞳が、カディンのほうをみていたが、その目が先ほどとは随分違っていた。青い瞳の中に、酒場の炎がうつってちろちろと赤く点滅する。
「あんたには血の匂いが強すぎる。コレは、ちょっと血を寄せる癖があってねえ。血の気の多い奴に持たせるのは危険なのさあ」
「何!」
 シャーが、カディンにそんなことをいったので、周りが色めきだつ。しかし、カディンはそれを手で制しつつ、薄ら笑いを浮かべたままだ。
「……先ほどとは随分態度が違うようだが」
「まあ、少々事情があってね」
 シャーはそんなことをいいながら、剣を腰に戻した。
「金に糸目をつけないのは結構だが、むしろ首に糸をつけといたほうがいいんじゃねえか?」
 カディンの表情がわずかに固くなったが、シャーは気にせず続ける。
「色々とやってるようだが、剣ってのは結構オソロシイもんでね。自分の力量にあわねえのにあれこれやってると、いずれ自分で自分の首を飛ばすぜ?」
 唇をゆがめてそんなことを言うシャーに、カディンの周りのものは何故か不気味さを感じて口を出せない。そもそも、主人が何も言わないので、いえないところもある。
「……私を誰だかしっていてそういっているのだな?」
 息を呑んだようにしばらくだまっていたカディンだが、突然、強いて余裕をつくりながらそうシャーに言った。シャーは、直接には答えない。下の方から上をうかがうような目を向けて、口をわずかにゆがめる。
「帰るぞ」
 カディンは唐突に声をあげた。彼がそういってきびすを返したので、慌てて周りのものたちがついていく。シャーに目を向けるが、主人の反応に戸惑いを覚えているのか、彼らはそれ以上強いてシャーに絡むことはなった。
 再び、周りは踊りの音楽だけが響くようになっていた。今の騒ぎは、踊りに気をとられていた間に起こったため、あまり気取られていなかったのか、店の中でシャーの方に目を向けるものはあまりいない。
 いつの間にか、踊り手はリーフィから別の女性に代わっていた。
「シャー……」
 踊りを終えたリーフィは、そっと小走りにシャーのいる机の側に寄ってきていた。
「リーフィちゃん。お疲れ様。もういいの?」
「ええ、とりあえずは。……それに、私に踊るようにいった人もいなくなったしね」
「そうだね。……ちょっとやりすぎたかなあ。せっかく、リーフィちゃんが協力してくれたのにごめんね」
 シャーは苦笑した。
「あ、それはいいのよ。もう情報は大体手に入ったし、あの人自身にちかづくのは危ないと思うの」
「え、ホント。収穫あったの」
「ええ、また後でお話しするわね」
 リーフィはにこりとわずかに微笑んだが、何かを思い出したようにシャーの顔をのぞきこんだ。
「ねえ、シャー」
 リーフィは、少し小首をかしげた。
「踊りながらみていたんだけれど、あの時、あなた、わざと挑発したの?」
「うーん、それもあるけど、純粋に」
 シャーは、少々含みのある笑みを浮かべた。
「奴がふれる自体が生理的に嫌だったから、かな」
 リーフィは、ふとシャーの顔を見やった。彼の裏の顔を知るリーフィでも、今のシャーの表情はなかなか見られないもののような気がした。





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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。