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魔剣呪状13


「手、といいますと?」
 シャーは、酒を飲んでいた手をふいに止めた。
「剣を握ったことがない割りに、妙に物騒な手をしてるだろ。ただの酒飲みの遊び人なら、もっと柔らかい手をしてていいんじゃねえのか?」
「なあに、どういうこと?」
 シャーは、いぶかしげにメハルを見上げた。メハルはにやりと笑ったままだ。
「そういうの世間じゃ剣ダコっつーんじゃないのか?」
「剣ダコ? 冗談じゃありません。さあ、これでも労働してますから、それじゃないすか?」
 シャーはすっとぼけた。
「へー……、それじゃあ、この前に手を広げて見せてみろ。俺も剣には心得がある。心得のあるものの手ならすぐわかるぞ」
「ナニソレ。……つーか、男の手みたって面白くないでしょが、そういう趣味でもあんの?」
「あるわけないだろうが! なんだ、それ以上口答えすると、しょっ引くぞ!」
 思わず立ち上がって、大声になるメハルに、シャーは慌てて唇の前に指をたてる。幸い、盛り上がっている連中は、彼の大声にも気付かなかったらしい。シャーに半ばとがめられる形で、メハルは自分の失態に気付いて黙り込んだ。
「忍んでるんじゃないの? 血の気多いね、あんたも」
 シャーは、やれやれとため息をつく。
「なるほど、あんた、最初に会ったとき、オレが何を見てたかわかったってわけ?」
「当たり前だ。貴様、顔でなく傷口を確認していただろう。その時の様子が様子だったからな、さっきからずっと観察していたのだ」
 顔に似合わず、見ているところはちゃんと見ているらしい。シャーは、肩をすくめた。
「んで、後ろからオレの手ばかり見てたわけ。ちぇっ、暇人だねえ」
 どうも、先ほどから感じていた視線は、この男だったらしい。道理で色気のない視線を感じると思った。
「で、どうなんだ? 認めるのか認めねえのか?」
 メハルは、まだ追求してくる。これは、ごまかして逃げるというわけにもいかなさそうだ。必要ならこの場で殴られてもよかったのだが、どうもメハルという男、観察眼も鋭いが、そこまでわかるということは、おそらく実際剣術の腕もそこそこ立つのだろう。生半可に演技をすると、かえってばれてしまうとまずい。シャーは根負けしてため息をついた。
「わかったよ、わかりました。……ソコソコってことにしといてくれよ」
 メハル隊長は、しかし、納得できないといった顔をする。
「ソコソコだと? 貴様のようなナンパなヤツが実は……などと信じたくないが、そういう人間ほど怪しいのは経験でよくわかっているのだ」
「怪しいって……。外見はよく怪しいっていわれるけどさあ、内面まで怪しいっていわれると辛いなあ、オレ」
「何が辛いなあだ」
 シャーの軽口にあきれたのか、メハルは少々ため息をつく。しかし、すぐに気を取り直して、こう聞いて来た。
「……その剣、見かけない剣だな。貴様、他にも異国の剣を使えるのではないか?」
 どうも、何かを含む言い方だ。奥歯にものをわざと挟んだような、何かを言わせたがっているような口調に、シャーは、頬杖をつきながら答える。
「そりゃ、ま、慣れればそこそこはねえ……。要領つかめば同じですから」
「ほう、でかい口を叩く」
「いや〜、でも、オレなんか大したことないほうだよ」
 シャーは適当にそんなことをいってみたが、メハルの態度はどうも固い。なにやら目的の見えない会話を続けながら、しかし、シャーにはメハルの考えが大体わかってきたような気がした。
「アンタ、オレを疑ってるね?」
 ちら、と視線を投げてシャーは訊いた。
「まあなあ。ちょろちょろ周りを動き回ってる連中の中ではお前が三番目に怪しい」
「一番と二番は?」
 メハルは顔をゆがめる。
「オレがなんではなさなきゃならねえ」
「まあそういわず」
「話すわけねえだろうが」
 シャーは、それはすみません、と前置いて、それからこういった。
「じゃ、オレの予測いっていいかな? 全身黒くて顔色の青い、ちょっと言動のやばい兄ちゃんと、そんで、育ちと階級だけはいい、あそこにいらっしゃる方々の親分でいいんでしょ?」
「まあそういうとこ……って、なんでてめえが」
 うっかり乗ってしゃべってしまい、メハルは慌てて立ち上がる。シャーは慌ててなだめた。
「まあまあまあ。あ、じゃあ、カドゥサのお坊ちゃんっていう噂はデマだったわけ?」
 思わず言いかえそうとしたものの、シャーに素早く尋ねられ、メハルは考えた末に座った。
「ああアレはな。……そもそも、カドゥサなんて相手にしたって意味ねえし、そういう意味じゃあよかったんだが……。どうも別の方向で、なあ」
「何かお困りごとでも」
「いや、あのカディン卿が……」
 そこまで言いかけて、メハルはハッと顔をあげた。
「お前、オレのことを誘導尋問にかけてるだろう!」
「いいええ、かけてません、かけてませんてば。まあまあまあ、折角の酒の席なわけですし、ほら、もうこの際酒どんどんいっちゃわない?」
 シャーは、両手をふってごまかすと、ふと思い出したように、メハルの杯に酒を注ぎだした。
「なに、ごまかしてるんだ! オレは……!」
「おねえさんー! 追加おねがいー!」
 シャーはメハルを無視して、通りすがった女性にそう声を上げた。
「てめえっ! オレの話をきいてねえだろ!」
 メハルはそういったが、シャーがマジメに返すはずもない。仏頂面のまま、メハルは注がれた酒を飲み干し始めた。座りなおした拍子に、立てかけていた彼の剣がかたんとゆれた。シャーは、素早く目を走らせた。
 メハルの剣には、ジャッキールの剣と似た細工が施されているような気がした。



 一人の青年が酒場に娘を訪ねていた。穏やかで気の弱そうな表情の青年は、どことなくだが、育ちのよさを感じさせるところがある。それは、その青年が、さりげなく貴族や大店の名前をだしながら、そこの坊ちゃんに言われて、この事件を調査しているものなのです、と名乗ると何となく信用してしまうほどの信頼性を持っていた。
 その青年の腰に、なにやら物騒な剣があっても、そのあたりをごまかすのも、また彼の才能といえるかもしれない。
 酒場の主人に金をやり、しばらく娘を外に連れ出す。穏やかな彼の物腰に、娘もさほど警戒はしなかったようだ。
「あなたが、パリーアさんですね」
 ゼダはつとめてていねいに言った。娘は、こくりと頷いた。
「ええ。……あの、お話というのは?」
「ああ、すみません。恐ろしいことを思い出させてしまうのは、本当に申し訳ないことなのですが、私のご主人様が、この事件について興味を持たれ、また一刻もはやく、不安を取り除いて街に遊びに出たいとおっしゃっているのです。それで、何か犯人をさがしだせるような情報を探しているものですから」
 ゼダは、きれいにそう喋ってから、やさしく付け足した。
「もし、ご気分が悪くなければ、ご協力ください」
「は、はい」
 パリーアは、ゆっくりと頷いた。
「でも、わたしもその顔をみたわけではないんです。ただ、影がみえただけで……」
「え、そうなのですか? でも、確かあなたは黒い服で三十がらみの男をみたという風にお話しされたとききました」
 ゼダは、軽く首をかしげる。
「ええ、そうなのですが……」
 パーリアは、少しだけ俯いた。
「よく考えれば、私が見た人は、あの人を殺した犯人じゃないような気もするんです」
「え、それはどうして?」
「私は前に怪しい人影をみたんです。でも、その黒い服装の戦士風の人は、後ろにいましたし、それに……」
 パーリアは、思い出し思い出ししながら答えた。
「あの人は、どうかしたのか、と聞いてきたんです。それに、表情もただ不思議そうに私をみただけで……」
「ということは、あなたは、その人は関係ないのではないかと?」
「そこまではわかりません」
 パリーアは少し自信なさげにいった。
「でも、あまり悪い人には見えなかったような気がします」
「なるほど、そうなのですか」
 ゼダは、なにやら考えながら頷いた。 
「ともあれ、あなたが見たという人の特徴を教えていただけませんか?」
 ゼダがそう聞くと、パリーアは頷きかけたが、その表情がふと凍った。
「あ……!」
 ゼダはさっと目を向ける。
 悲鳴と共に、細い路地から人が飛び出してきた。飛び出てきた男は、怪我をしているようだが、慌てて走り出し、そのまま逃げ去っていく。それを追ってもう一人が続く。黒いマントが、月光にかすかに映った。
「あ、あの人!」
 パリーアは小さな声で、そういった。
「あの人、あの時いた人です」
「え、追いかけていった人のほう?」
「はい」
 パリーアの声とともに、向こうでも、金属のぶつかる音がなる。恐くて震えているパリーアをそっと後ろにやりながら、ゼダはため息を一つついた。
「やあれやれ」
 その声色だけでも、先ほどと随分違う。
「あああ、マジかい。折角人が今日ぐらいは、大人しくしようとしてたのによ」
 いきなり横にいた青年の口調が変わったので、パリーアはぎょっとする。ふと目を向けた先の青年は、先ほどの穏やかな顔つきから一変していて、どこか不敵な印象があった。パリーアは一瞬、これは先ほどの青年だろうかと思う。
 そのゼダは、視線に気付いたのか、途端妙に悪戯っぽい笑みをうかべながら、懐に手を入れて、パリーアに袋を持たせる。
「ありがとうな、パリーアさん。今日の礼はこれで頼むぜ」
「え、あ、いえ、こんなに……」
 袋の中身が金であることはわかったが、それは結構な額になると思われた。パリーアは慌てたが、ゼダはパリーアをもう一度見ていった。
「早く店に戻った方がいい。悪いね、パリーアさん。気をつけて帰んなよ」
 寧ろ、パーリアには、目の前でおきている荒事よりも、目の前の召使だと名乗った青年の豹変ぶりの方が印象深いだろうが、目を丸くしながらも、彼女はゼダのいうことを聞いて、店のほうに駆け出した。
 ここから店はそう遠くない。彼女には危険はないだろう。ゼダはそう判断し、騒ぎの元の方に近づいた。すでに勝負がついているのか、場は静かになっている。ただ、おびえたような男の息遣いが響いていた。
「カディンの手先か? 貴様」
 男の声が響いた。
「一体、何が目的だ? やはり、フェブリスが目的か? それとも、貴様らが持ち去ったものに関係があるのか?」
「俺はしらない、俺は知らない!」
「知らない? 馬鹿なことを言うな! 俺の素性を知っているなら、ある程度のことはきいているはずだ!」
 ゼダは足を進める。ちょうど袋小路になっている狭い路地裏で、背の高い男がもう一人の男を追い詰めていた。長身に闇のような黒いマントを被った体。剣を握っているからだろうか、近くの建物に反射光がうつっていた。
「あんた、何やってるんだ?」
 ゼダが訊くと、相手を追い詰めていた男がこちらを向いた。月光を浴びて青ざめた顔に、鋭い目が光る。三十前後の男は、月光のさして明るくない光でもその顔立ちがよくわかった。冷たい、どこか闇を引きずるような顔立ちだ。
「……通行人か?」
「そう見えるかい?」
「……通行人なら黙って見なかったことにして通れ」
 男は低い声でそういったが、ゼダは軽く笑うばかりだ。
「本当に通行人に見えるとしたら、あんた面白すぎるぜ」
 男は、追い詰めていた相手から目を完全に離し、ゼダのほうに向き直る。その手には、月光にぎらつく剣が握られていた。
「なるほど、素人ではないということか? なら俺は容赦せんぞ」
「どう容赦しないのかね?」
 ゼダは、そういって相手との間合いをはかる。顔を見てすぐにわかった。この男は、おそらく――。
「死にたくないのなら退けといっているのだ」
 ざっと男の手から光が飛んだ。





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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。