シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2006
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魔剣呪状-7



 夜の風にさそわれ、彼はふらりと城下を供もつれずに歩くことがある。一見目立つ特徴を持ってはいるが、素の彼と印象が随分違うので、よほどでない限り、その正体がわかることはない。
 将軍という身分になっても、結局街の雰囲気を忘れ去ることは出来なかったらしく、ハダート=サダーシュは、意外に街の中に溶け込むのが好きだ。辛い思い出もあるくせに、結局、居心地のいいふかふかした椅子には座り続けることができない性分でもあるのだ。
 おまけに、今、町ではなにやらアブナイ事件が起こっているとも言う。好奇心が生きる糧のような彼が、それに反応しないはずもない。
 頭に巻いた布の間から銀色の髪の毛が垣間見え、切れ長の目に覗くのは青い瞳。すらりとした整った顔立ちのハダート=サダーシュは、そのまま、ごく自然に小さな酒場に入った。いつもの行き着け、亭主に酒を頼むと、ハダートは店の奥に座っている相手の反対側にすわった。
「全く。いきなり呼び出されるとは思わなかったぜ。しかも、話が終わったらすぐ帰れって」
「いや、オレ、かわいい子と待ち合わせしてるの」
 本当か、と言いたげに彼は横目で見るが、彼の言葉の真偽など大した問題でもない。
  「……しっかし、なんでオレを頼るかねえ」
 あきれるようにいうハダートをみながら、何となく緊張感がない声が響く。
「仕方ないでしょ」
 しゃっきりしない声が聞こえ、目の前で青年が、空の杯をもてあそんでいた。あきれかえるハダートに、青年は、相変わらずの三白眼をちらりと上に上げる。。
「あんたも、結構カラス体質なんだよねえ。好奇心が旺盛すぎるっていうかさあ。だから、絶対野次馬すると思ってね」
 シャーは、そういいながら頬杖をついてにんまりと笑った。
「あまり嬉しくない言われようだな」
 ハダートは、運ばれた酒を受け取って口に含み、そして声を低めた。
「だが、オレも情報はあんまりつかんでねえんだよ」
「でも、上と関わってるかどうかとかはわかるんでしょ。一応きくけど、どうなのさ」
「ソレは、関係ない。一応調べてみたんだが、連中に怪しい動きはない。大体、利点もないだろうし」
「そうか〜。よかったような、よくないような」
 シャーは、複雑そうにいいながら、頬杖をついた。それを眺めながら、ハダートは足を組む。
「で、オレに情報をくれっていうのか? こういう事件に関しては、オレは完璧にノータッチだぞ。寧ろ、ジートリューにきいたらどうだ。あの一族は、昔、警察権をもってたことがあるらしいし」
「それはわかってるんだけどさ。いや、でも、アンタの方が、あれこれいろんなこと知ってるんでしょ。いろんな人がいるしさ」
 シャーは、もみ手をしながらにんまりと笑う。ハダートは、眉をひそめた。
「へえ、じゃあ、あいつらを使う金をあんたが払ってくれるのか?」
「あ、いや、ソレはその……」
 シャーは、途端慌てだした。そして、声を低くしながら、そうっとささやくようにいう。
「つーか、あんたも知ってるんでしょ。オレ、正直、金がないのよ。明日をも知れないわけなのよ」
 事情を知ってはいるが、ハダートは冷淡である。
「……明日をもねェ……。まじめに働きゃ困るまいに」
「んなこといっても、わかるでしょ。というか、一々、町に繰り出してしまうアンタなら、オレのこの繊細な気持ちもわかってくれると思うんだけどなあ」
「アンタと一緒にされたくもないね」
 ずばりと言われ、シャーは、がくりと肩を落とす。
「そ、そんな言い方ないじゃない」
 見るも哀れ、といった様子だが、さすがにこの様子も慣れてくるとあまり哀れに感じない。これはこれで結構強かなところも、少しどころか、かなりある。
 とはいえ、ハダートも、結局好奇心の人である。そういわれると、調べる口実ができるので、少々考えるところもあるのだった。ため息一つで、ハダートは、あきれながらこう答える。
「……まあ、仕方ねえな。ある程度は、あんたに情報を流してやるよ」
「えっ、マジ?」
 バッと顔を上げ、シャーは喜びの色を見せる。それをうっとうしそうにみやりながら、ハダートは手を振った。
「その代わり、オレがやるのはそれまでだぞ。それ以上については責任もたないからな」
「その辺はわかってますって。さすがだなあ。ハダートちゃん」
「調子のいいこといって」
 ハダートは、ため息をつき、酒を飲み干すと、懐から手帳のようなものを出して、一枚破るとシャーの前に投げやった。それに何かが書かれているのは一目瞭然である。
「オレが今知ってるのはソレだけ。後は、今から調べる」
「結局、調べてるんじゃない。相変わらずだけど、性根が曲がってんじゃない?」
 シャーが不満そうにいいながら、紙を手にしようとしたが、ふとその手をハダートの手がさえぎる。
「だったらいいんだぜ」
 青い目でじっとりと見やりながら、ハダートは意地悪く笑った。
「全部自分で調べてみるかい?」
「い、いいええ。ありがたいです、ごめんなさい。オレが悪かったです」
「わかればそれでよろしい」
 慌てて謝るシャーを見ながら、ハダートは横目で一度にらんだあと、手を引っ込め、杯を置いて立ち上がる。
「それじゃあな。また、そのうちに」
「はーい。……でも、ま、あんたもちょっと丸くなった? というか、結婚してからおとなしく、かつ、せこくなったような気が……」
「ふん、賢くなったといってもらいたいねえ。それでも、アンタの泥舟に乗ってやってるんだから、感謝してもらいたいぜ」
 そういうと、ハダートは、じゃあなといってきびすを返す。ちょうど、外に出ようとしたとき、入り口から一人の女性が入れ違いにやってきた。その顔を見て、シャーが慌てて立ち上がる。
「リーフィちゃん!」
「シャー……。ごめんなさい。少し遅れてしまったわね」
 入ってきた無表情だが、きれいな娘は、ふとハダートのほうを見上げる。
「どうも」
 会釈すると、リーフィもまた会釈して返す。
 その顔を見て、改めてシャーを見るまでもなく、ハダートは状況を知った。
(あーあ、また、こりゃ相当入れ込んでるわ)
 瞬時にハダートは気の毒そうな顔になった。
リーフィとかいう娘は美人だが、いわゆるシャーの好みとはちょっと違う。シャーの今までを知るハダートが推し量るところ、シャーはもっと激しい気性の女性が好みなのである。その中に時々ちらっと優しさが見えるぐらいが好み、という、それだけでも、報われなさそうな好みなのだが、今度はどうやら違うらしい。
 だが、好みとちょっと違うからといって、彼が惚れ込まないとは考えない。リーフィという女性の、シャーを信頼しきった様子や、冷たい中にある優しさ、健気な割りに妙に強かな感じがするあたり。正直、シャーがはまると一番抜け出せないタイプのような気がした。
(……また悪い癖が。つったく、あれだけ振られて、また一目ぼれか、コイツ)
 ハダートは、あきれるような、少し哀れむような表情になった。だが、憐憫の情がわく一方、野次馬根性がわかないでもない。その後、どうなるかしらないが、これからこの何となく変な二人組の行く末を、こっそり影から見てやろうとも思うと、ハダートは、思わずにやけそうになる。そして、シャーにもちらりと目配せして、そのまま入り口を出た。
 リーフィは、シャーのところまで来ると、入り口の方を覗きながら訊いた。
「お知り合い?」
 きかれて、シャーは、少し首をかしげて、いつもの調子で答えた。
「ああ、飲んだくれでひねくれモノで、珍しいもの好きで、さらに友達もいなかったりする親不孝モノの自称貴族のダンナ。かわいそうだから相手してあげてるの」
 出て行くハダートの動きがぴたりと止まる。
「そうなの?」
「そうそう」
「でも、とてもきれいな顔の方ね」
 リーフィに他意はないらしい。確かにハダートは、どちらかというときれいな顔立ちに入る。だが、それをなんと取ったのか、シャーの方は急に焦ったように椅子から立ち上がる。
「リーフィちゃん! ああいうどっちつかずの蝙蝠男だけはやめといたほうがいいよ! ああいう男はねえ、女を不幸にするだけなんだよ、遊び人だよ、遊び人!」
 シャーの力説が続く中、入り口の一角をつかんで力を込めていたハダートは、ようやく歩き出す。その彼の顔が、怒りにゆがんでいることは、その時、前を通りすがったものがいないので一応誰も知らないだろう。
(あ、あの三白眼が……。い、いつか、地獄に叩き落す!)
 ハダートは、ひそかにそう決意しながら、酒場の壁を一蹴りして出て行った。





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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。