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無双のバラズ-10

 *

 大勝負が終わり、集まっていた野次馬達は散り散りになり始めていた。
 本来なら、声をかけられはやし立てられる側のバラズは、普段の気さくさはどこへやら、何となく声がかけづらい感じの気配を漂わせていたこともあり、彼に声をかけるものもほとんどいない。静かにバラズは、茶を飲みながら場にとどまっていた。
 まだざわついてはいるものの、観衆たちは別の勝負を求めて去って行っていた。
「爺さん、俺の完敗だよ」
 人波が落ち着いたころにファルロフが静かに近づいてきて言った。鼻っ柱を折られて悄然とはしていたが、存外に性格は悪くないらしい。彼は潔く負けをみとめていた。
 それを聞いてバラズは、ようやく扇を閉じながらにこりとした。
「いいや、お前さんも相当なものだよ。私も思わずいろいろ考えてしまった程さ。私にそこまで考えさせた賭博師はそういないよ」
「どうも爺さんの実力を見誤っていたみたいだ。そして、勝負に対する意気込みもね」
 ファルロフはそういってうなずいた。
「どこかで素人が遊びにそこまでするかと思っていたんだろう。しかし、アンタの打ち方、素人じゃねえよな。それはわかっていた筈なんだが」
「ははは、なあに、若いころにはそういうことが一つや二つあるものだ。お前さんには悪かったが、これも修行の内だと思っておくれ」
 バラズは笑い、そして、扇を開いて口元を隠すとそっと小声でつづけた。
「実は私もね、若いころはお前さんと同じ立場だったのだよ。だから、よくわかっている。店の顔を潰すようなことはしないさ。それなりの手立ては打っておくから、その点は安心なさいな」
「爺さん」
 驚いた顔をするファルロフに、バラズはにっと笑った。
「これはどうもやられっぱなしだな、爺さん。アンタとはもうちょっとゆっくり話がしたい。この後、ちょっと話させてもらってもいいかな」
「私は構わないよ。あんな三白眼なんて待たせておいてもいいのだからねえ」
 バラズの視線の先で、やや困惑気味に自分を見つめるシャーがいた。
(余計な心配は不要だよ。全く)
 どうせ指輪の件が気になっているのだろうが、流石に今回は指輪の件は忘れていない。ファルロフもゆっくり話をしたいといっているのだ。ファルロフの性格からして、そのときに話せば返してくれるだろうと踏んでいた。ようやくバラズは約束を取り付けて安心しはじめていた。
 と、その時、黒服の男が近づいてきてファルロフに声をかけてきた。なにやら小声で耳打ちしている。
「え、ああ? なんだって? 俺を指名して?」
 ファルロフは聞き返し、そして表情を硬くした。黒服の男もややこわばった表情をしている。
「わかった。それは俺が行くよ」
「ああ、頼むぜ。お前だけが頼りなんだからな」
 男は頼み込むようにそういうと、足早に去っていく。ファルロフは、バラズに言った。
「ちょっと急に勝負しなきゃいけないことができてね。爺さん悪いけど、終わるまでお店で待っていてくれないかい」
「あ、ああ、私はいいけど」
 バラズは唐突な展開に、やや困惑気味になるが断るわけにもいかない。
「すまないね。それじゃあ、ちょっと行ってくるから」
 そういうと、ファルロフは男の後を追って去っていった。
「ちょっ、ちょっと、爺さん」
 それを見ていたのか、シャーが駆け寄ってきた。
「うーん、指輪の話しそびれちゃったな」
「それはなんとなくわかる」
 しかし、シャーはあきれているわけではなさそうだった。シャーの視線は、今はバラズと同じ方向に向けられている。
 勝負に熱狂する客は気づいてはいないようだが、貴賓たちを迎える場所である奥に案内されていく数人の男たちがいた。どうもカタギではなさそうで、顔つきがいまいちよくない。案内をする店の男たちの態度も異常だ。
「なんだか、雲行き怪しいな」
「そ、そうだね」
 賭場荒らし?
 ふいにそんな単語が頭をよぎる。それは二人とも同時だったらしい。
 事前情報で、ハーキムと競合している悪名高いシャー=レンク=ルギィズがおかんむりだということは知っている。ここまで派手に賭場を開かれているのだから、何かひと悶着はあるのだろうとは予想していた。それが暴力的なことになるのか、それとも如何様師を送り込むことでなされる技術的なことになるのか、それは読めなかったが、何かしらおこるのは時間の問題だった。
「できたら後をつけていきたいのだが、入れないかなあ、あそこ」
「よっしゃ、やるだけやってみようぜ」
 シャーはそういうと、バラズに先立って歩き出した。
 関係者と一部の上級な客しか入れないその場所だ。名ばかり貧乏貴族のバラズと見た目からして金のなさそうなシャーでは、てんで話にならない。何食わぬ顔で通ろうとすると、当然、入り口に立っている屈強な男に止められた。 
「おっと、お客さん、困りますよ」
「そんなこと言わないでさあ。ちょっとさっきここの中に入っていったファルロフと話があるのさ」
「あいつなら勝負中だ」
「だからなおさらさ」
 シャーは、片目をばちんとつぶって親指でバラズを指さした。
「アンタだって知ってるだろ。さっきファルロフがなにやら大勝負してたってこと。この爺さんがその相手さ。まだ換金してないが、そのときに手に入れた大金も持ってる。どうよ、特例ってことで入れちゃくれないか?」
「それは知ってるが、その爺さんはともあれ、あんたはなあ」
 男は何かと渋い顔をして、シャーに不審そうな視線を浴びせた。シャーは、途端口をとがらせる。
「ええ? ちょ、オレが原因なわけ?」
「あんたみたいな男とつるんでる爺さんを入れるのもどうかだよ」
「そんなご無体な……」
 シャーは情けなく声を上げる。ここは泣き落としで行く方がいいだろうか……。そんなことを考えていた時、
「まあ、いいじゃねえか。入れてやんなよ」
 ふいにそんな声が割って入ってきた。後ろを見ると、そこにいるのは例の隻眼のビザンだった。ビザンはその男と顔見知りなのだろうか。男の表情が少し変わった。
「爺さんはすげえ腕の博打打ちだし。それにそっちの三白眼のニーちゃんだって、別に悪さするような奴でもなさそうだぜ。入れてやれよ」
「し、しかし……」
「いいじゃねえか。俺も今から見に行くところでよ。あー、どうしてもムリってんなら、んじゃ、俺のツレってことで入れてくれよ?」
 そういってビザンが何故かにやりとすると、男は急に唸りながら頷いた。
「し、仕方がないですね。かしこまりました。どうぞ」
「てことだ。一緒に行こうぜ」
 ビザンは意外と人懐っこい笑顔を浮かべて、二人を先に先導し始めていた。
「すまないね、おっさん」
「いいってことよ。俺もあんたらと一緒に勝負を見たかったからな」
「しかし、アンタ意外と顔が効くのね」
「まぁなぁ。ちょっとツテがあるのさ」
 ビザンは意味深に笑いながら、貴賓室を歩いていく。周囲には確かに貴族らしい者たちが、酒を飲みながら遊んでいた。
「あの中に一人賭博師がいただろう? 彼は有名な男かね?」
 ふいにバラズがビザンに尋ねる。そういわれてシャーも思い出していた。先ほど、確かに他のいかつい男たちとは毛色の違う男が一人混じっていた。どこか上品で知的な雰囲気の、小太りの中年だったと思う。
「流石だな」
 ビザンは、驚いたような顔をして頷く。
「その通りよ。”神の手のベーフール”って派手なあだ名のな」
「”神の手”?」
 バラズは、思い当たったのか小首をかしげる。
「確かあの男は、十年以上も前にこの街に居られなくなったと聞いていたのだが」
「へえ、よく知ってるねえ」
「まあ、引退はしたものの、多少噂に聞くことがあったものでね」
 ビザンに感心されて、バラズはそういって苦笑する。
「そう、如何様博打がバレてこの街を去って、西にある商業都市に逃げてたハズなんだが、ほとぼりが冷めてからいつの間にか舞い戻ってきやがった。ま、この国もいろいろあったからよ、過去を知ってる人間もそう多くはねえものでな」
「なんで”神の手”なんだ?」
 シャーが尋ねるとビザンの代わりにバラズが答えた。
「確実に如何様している筈なのに、どうやって如何様したのか証明できないからさ。バレなきゃ、ただツイてただけのことだものね」
「なるほど。しかし、そんな男が攻めてきたってことは、やっぱ賭場荒らしなのかい?」
「ああ、そういうところだろうな。”神の手”の野郎は、シャー=レンク=ルギィズと懇意にしているといわれているし、連れてきている連中もアイツのとこの若いもんだ。しかし、いきなり暴力沙汰にはなるまいが」
「暴力沙汰にはならないだろうけど、如何様博打はするってことね」
 シャーは頷く。
「でも、”指輪屋”だって、そんな如何様させ放題にはしないだろう? 親はハーキムの側の親が務めて、骨牌回すんだしさ」
「さて、それはどうかな?」
 難しい顔でそういったのはバラズだった。シャーが理由を聞こうとしたとき、ビザンが、ついたぞといって案内してくれた。
 はたして、そこには指輪屋ファルロフと神の手のベーフールが対峙していた。すでに勝負に入っているらしい。
 ビザンの勧めで隣に空いている区画の席に入れてもらい、そこから勝負を眺めることになった。見物人は多くはないが、同じように近隣の席にいたり、ファルロフの後ろにいるものがいて、どうやらハーキムの幹部らしかった。
「噂で聞いた”指輪屋”と勝負ができるとは、本当にありがたい限りですよ」
 ベーフールは老獪に笑いながら滑らかに札を広げている。
「それは俺もですがね。”神の手”の噂は聞いておりますとも」
 しかし、ファルロフの表情が少し冴えない。いつも自信満々のファルロフだが、今の彼にはどこか陰りがあった。
「しかし、いいんですか? お店で稼いだ金で店の代表としての俺ではなく、俺個人と勝負したいと? 俺の集めた指輪はたくさんありますが、その中でも宝石のついていないこの銀の指輪を敢え選ぶとは……」
「ははは。指輪屋さんから指輪をお譲りいただきたいのだが、普通の方法では無理でしょうから。その指輪をどうしても欲しいといわれる方がおりましてね」
「へえ、そういえば今まで何人かに頼まれました」
 ファルロフは、苦笑した。
「銀の純度は確かに高いし、細工も細やかだ。しかし、確かにいい指輪ですが、そんなに価値のあるものとも思えないのですがねえ。銀は手入れが大変ですし」
「はは、それが特別に欲しいという方がいらっしゃる。……その価値はそれらの方しかわからないのでしょうがね」
 シャーは思わずバラズの顔を見るが、バラズは、やや険しい顔で二人を見守っていた。神の手のベーフールの狙いは、あのリル・カーンの指輪だ。わざわざ価値があるといいおくところを見ると、彼はそれが何であるのか知っているのかもしれない。
「マズイな、ファルロフの野郎、推されてるぜ」
 ビザンが場の賭け札を見ながらつぶやいた。
「なんだって?」
「さて、勝負をしましょう」
 そういってベーフールは勝負をせかす。ファルロフの役は、将軍三枚の華三葉。けして悪くはないが、ベーフールが出してきたのは光の五葉だった。盃の紋印が五枚並んでいる。
「また私の勝ちらしい」
 神の手はにやりとした。ファルロフは、はっきりと焦った顔をしていた。場の賭け札を独占して、神の手のベーフールは勝ち誇る。
「さて、あと一勝負ぐらいで勝敗がつきましょうかな?」
 そういって彼は、次の勝負を催促した。その通り、ファルロフには賭け札が残っていない。追いつめられて次にファルロフが差し出したのは、確かにリル・カーンの指輪だった。
「いかん」
 バラズが険しい顔になった。
「これはまずい。あのお兄ちゃん、負けるよ」
「えええ、な、なんで?」
 シャーが囁くとバラズは頷いた。
「ただですら、私に負けたことで精神的に崩れているところにあの如何様師だよ。指輪屋の坊やには、”神の手”の如何様が見破れていない。このままじゃ到底勝ち目はない」
「そんな……」
 あの指輪がかかってんだぞ。
 シャーは言葉を飲み込んだ。まだハーキムの手元にあるからこそ、ファルロフが隠し持つだけで済んでいた。それをあの悪名高いレンク=シャーの部下が手に入れるということがどういうことか。
 それを考えていると、ふと歓声が上がった。
 烈の五葉を引き当てたファルロフの目の前で、神の手のベーフールは数字が並び貨幣の紋印の輝の五葉を見せつけていた。
「先ほどのご老人との勝負と同じ結果ですな。どうやらあなたは輝の五葉と縁がないらしい」
 にやりと神の手は、人の好さげな顔に妖しい笑みを浮かべ、銀の指輪を手にした。それをちらりと確認し、彼は悄然としているファルロフに告げる。
「もう一度勝負が望みなら、その指輪の箱ごと賭けますかな? それとも、店の金を賭けても良いのですよ。再戦を望むなら、勝負は受けましょう。いやしかし、どのみち私の勝ちでしょうが」
 しかし、ファルロフは返事ができない。自信に満ちていたファルロフは、完全に敗北したことに衝撃を受けていて返事もできない様子だった。
 ふいにバラズが動いた。
「あ、ちょっと、爺さん……」
 シャーが止める間もなく、バラズはすたすたとファルロフたちの勝負の席に入っていった。
「なんだ、この爺!」
 ベーフールの背後にいた男たちが色めきだって威嚇するが、バラズは静かに上品に微笑んだ。
「これはどうも失礼」
 そういうと彼はあっけにとられるファルロフの傍に座った。
「隣から、貴殿のお手並みを拝見させていただいておりましてな。いや、なかなか素晴らしいお手並みで、眼福に預かりました」
 とバラズは、いっそのこと慇懃無礼なほど丁寧にあいさつをする。
「ああ、もしや、貴方は先ほど指輪屋さんと勝負していたご老人ですかな? 貴方こそ、とても滑らかなお手並みでしたが」
「はは、ご覧になられていましたか。それでは話が早い」
 と、バラズはふいに扇を手にしてにやりとしていた。その目つきは、すでに先ほど好々爺然と挨拶していた男とは違っていた。
「先ほど御覧の通り、私も少し腕に覚えがある。この若者は、どうやら今は貴方と勝負することができなさそうだ。そこで、どうかね。この若者の代わりとして私が勝負するというのは?」
「じ、爺さん!」
 ファルロフが驚いた顔でバラズを見た。
「如何かな? 私はこの若者にも勝利しているし、相手にとって不足はないはずだが?」
 扇で口元を隠すようにして、バラズはにっと笑った。
 神の手のベーフールはしばらくそれを見ていたが、ふっと嘲笑うような笑みを見せた。
「せっかくの申し出ですが、それには及びますまい」
「それは何故に?」
 バラズが目を細めて相手を睨み付けるが、神の手は涼しげだった。
「私が欲しいのはこの指輪。または、その男の持っている指輪の箱か、この店の金。しかし、貴方は私と勝負するために私が欲しいものを何も持ってもいない」
 それを言われて、バラズはぐっと詰まる。神の手はにやりとした。
「指輪屋の代理で貴方が打つというのなら、勝負は受けませんよ。貴方が私のほしいものを持っているなら別ですがね。例えば……」
 と、ベーフールは手のひらの小さな銀の指輪を見せつける。
「この指輪、その指輪屋の坊やは知らなかったらしいが、これはやんごとないお方のものでね……。とても曰くのあるものなのですよ」
「おぬし、その指輪のことを知っているのかね?」
 バラズが睨み付けながらそう尋ねたが、ベーフールは直接答えない。
「だからこそ私は言うのです。これと同じ指輪を貴方が持っているというのなら、特別に勝負をお受けしても良いですよ」
「それは……」
 流石にバラズが言葉に詰まった。
 バラズは普通に自分が賭けられそうな貴重品も持っていないのだ。しかも、王族しか持っていない指輪など彼にあるわけがないし、それに似せた銀の指輪すら持っていない。べーフールにそれを盾に取られては、さすがに動きようがなかった。
「指輪ならあるぜ!」
 ふいに声が割って入った。
 一斉に皆がそちらを見る。その中で入り口の薄絹をはねのけ、青い衣装をひるがえして入ってきたのは、隣室にいたシャー=ルギィズだった。
「指輪ならここにあるぜ。指輪があれば確かに勝負してくれるんだな?」
 シャーはもう一度そういった。
「指輪? 貴方があの指輪を持っているというのですか?」
 肉付きのいい顔の細い目をさらに細めながらべーフールが嘲笑うように尋ねるが、シャーは例の三白眼をひらめかせてにやりとした。
「もちろん。こんな場面でタチの悪い冗談は言わねえよ」
 シャーはバラズの隣にどかっと胡坐をかくと、懐から小さな袋を取り出した。袋の口の紐を緩めて、それを左の手のひらの上で軽く振ると、ころんと小さなものが手のひらの上に転がった。銀色の、しかし、手入れが少し悪いらしくところどころ変色しているものだった。
 だが、その形状はべーフールが今弄んでいるそれによく似ている。
「何の変哲もない銀の指輪なら、どこにだってあるものですよ」
 べーフールがそういうと、シャーはにやっとした。
「もちろん、そういわれるとは思っているさ。だがな、これはオレがとある質屋で格安で手に入れたものさ。何かの時に高く売れると思って買い取ったものだよ」
 シャーは、口の端をゆがめながら指輪をひらめかせた。
「神の手の親父さんよ、アンタは、この指輪をやんごとない方のモノだとは言ったが、その証拠がどこにあるかを言ってない。だが、オレはその証拠がどこにあるのか知っているぜ」
 シャーは目を細めた。
「この指輪の内側よ。そこに持ち主の名前が刻印されている」
 べーフールは、表情をかすかに変えた。
「この際だからハッキリと言ってやるがな、これはとある王族の質流れ品だ。……コイツと同じ指輪を持っているのは、王位継承位を認定されている家の王族の数十人だけ。それこそ、今の王様から末端の王族に至るまで。しかし一つハッキリと言えるのは、この指輪を持ってさえいれば王族面ができるってことさあ」
「その指輪はいったいどなたのモノなのです?」
 ふっとシャーは笑って目を閉じる。
「そいつは後々のお楽しみよ。勝ってアンタのモノになってから、内側の文字をじっくり読みな」
 そして指輪を投げて手のひらで弄び、にやりとした。
 目を開いたシャーの瞳は、かすかに青く輝いている。その目は、ある種の魔性を感じさせた。そして、その手の指輪も、同じ系統の魔を感じさせるものだ。
「どうだい、神の手。この指輪も欲しいんじゃねえのか? アンタにその指輪の強奪を依頼した人物は、もっと指輪が欲しいはずだ」
 べーフールが黙っていると、シャーは追いつめるように言った。
「食い詰めた王族ってのが末端ならただの銀の指輪だが、もしかしたらそうじゃないかもしれねえだろう。この指輪はな、今の王様のシャルル=ダ・フール様だって持っているんだぜ」
 シャーは、にやりとした。
「もし天下をとることのできる指輪だったら? それでもほしくないっていうのかい?」
 シャー=ルギィズは、挑みかかるように言った。
「伸るか反るか。どうするんだい、神の手さん」
 べーフールは厳しい表情でシャーを睨み付けていたが、ふっと笑った。
「なかなかあなたも人を煽るのがうまい方のようだ」
「へへえ、そいつは誉め言葉だね」
「しかし、それほど大切なものなら、何故今差し出すのです?」
 べーフールは不審そうにそう尋ねると、シャーは目を伏せてふっと笑う。
「ふふ、そりゃあ、オレもこの爺さん達に当てられてるからねえ」
 と、シャーは、黙って様子を見ているバラズの方をちらりと見、べーフールに視線を戻した。その目には、ある種の熱が取り憑いている。
「どう考えても狂ってるが、オレもどうも冒険してみたくなる性分さ。いいぜ、後先のことなんざ考えず、このジジイにぜーんぶ賭けてやるよ」
 べーフールは、指輪を場に差し出した。
「よろしいでしょう。そこまで言うなら、勝負に乗ってあげますよ」
「ははは、そりゃあありがてえな」
 シャーは指輪を軽々しく弄ぶと、にやっと笑って指輪を差し出した。そして、バラズの方を見やる。
「てことで、爺さん。任せたぜ」
 バラズは何を考えているのか、シャーにしばらく視線を向けていたが、やがて扇を軽く揺らしながらニヤリとした。
「お前さんに言われるまでもないことさ」

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