「や、やかましい。オレは必要のないことはさっさと忘れるのである」
 必要のないこと、という言葉にジョシュアは肩をすくめた。
「軍法会議にかけられたら、下手したら銃殺じゃないですか。上官を殴ったなんて」
 そういうと、軍曹殿は少し首をかしげた。
「それは状況によってはそうかもしれんが。いや、しかし、あの場合は、オレが正しかったから問題はない」
「そうですかね。それにしても、軍曹殿、あの後、よく無事でしたね。軍法会議なんたらとかはどうなったんです?」
 ああ、その話か。と、軍曹殿は言った。
「あの男、不正をつかんでいるといったオレにおびえて何も言い出せなかったのだろう。大尉がきいてあきれるわ。あの後、帰ってから何の音沙汰もないわ」
「しかし、不正不正って、軍曹殿、本当に証拠をつかんでいたんですか?」
「む、いや、あれは勢いでそういっただけだ」
 ジョシュアは思わずあきれた。
「不正をしていそうだな、と思っていたが、俺がいったところであれだけおびえたところを見ると、本当にやっていたのだろうが、一体何の不正をやっていたのだろうか。手っ取り早いところで横領かな?」
「なんだ、ただのはったりなんですか?」
「う、うむ」
 軍曹殿は苦くうなった。ジョシュアは遠い目をした。
「……軍曹殿、……長生きしそうですね」
「な、なんだ、それは、どういう皮肉だ! 貴様」
 軍曹殿の、にらみをかわし、ジョシュアはため息をつく。
 外は相変わらずの退屈な景色だ。当分、軍曹殿のぶつぶついう声から逃れるには、睡眠が一番かもしれなかった。
 軍曹殿は本当に鬱陶しいし、子供っぽいし、ダメ人間だと思う。けれど、確かにあの時、大尉を後先考えずに殴り飛ばした軍曹殿はちょっと格好よかった気もする。
 大人としてはまったくだめな大人に違いないのだが、それでも、気づけばそういう軍曹殿にちょっとだけだがあこがれる自分も、やっぱり子供なのかもしれないと、ジョシュアは、なぜか清清しく思った。


軍曹殿とジョシュアが基地につくころには、軍曹殿も、いいや、それでも、やっぱり軍曹殿はダメな大人かもしれない。
  


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