「光と引力は全然違うだろうが」
 軍曹殿はそう反論する。実は、その会話にかこつけて,さりげなくジョシュアはひどいことを言っているのだが、軍曹殿は鈍いのでその辺に気づいていないらしい。いいや、気づいていたとしても、ジョシュアにはなにをいっても仕方がないから、軍曹殿もあまりうるさく言わないのかもしれない。
 軍曹殿は、それよりも、ハイだといわれたことが気にかかっていたようだった。
「オレのどこがハイだ? オレは常に至極普通だ」
「いや、軍曹殿はそう思っても、一般人から見ると普段からかなり……」
「貴様が暗いだけだ」
 軍曹殿は不服そうに言う。
 しかし、実際の話、月の光のせいなのか、引力のせいなのか、そんなことはどうでもいいとして、確かに軍曹殿、今日はちょっと張り切っているのだった。
「それに、今日は今夜中に隣町につくという任務がある。やる気もおころうというものだ」 
「任務……」
 ジョシュアは、ポツリと呟き、三人乗りのトラックの、ちょうど軍曹殿と彼の間にあるシートに目を落とした。そこには、かわいらしいふわふわしたウサギのぬいぐるみが、花束とカードを抱えながらちょこなんと座っている。
 そのカードに、恋人への甘いメッセージが書かれているのは、容易に予想がつくところだった。
「軍曹殿、軍人が運送屋の真似事というより、キューピッドの真似事とは……」
 ジョシュアは、例のあまり覇気のない目でじとりと軍曹殿を見た。
「こういうの任務っていいますかね?」
「や、やかましい。背に腹は変えられん。これは資金稼ぎ、または市民サービスとして、立派な任務である!」
 軍曹殿は、慌ててそういいきった。
「任務といえば、とにかく任務だ!」
(無茶苦茶な……)
 だが、そういう風に理屈をつけられると、途端仕事らしくなるのが不思議だ。おまけに、「任務」などという単語で呼ばれるとさらなりである。
 実際は、ただ、ちょっと離れた隣町の恋人に、今日中にぬいぐるみを送って欲しいと、ちょっといいご飯が一食食べられる程度のはした金と、またそれも安い燃料代で、素朴な青年から輸送を頼まれているだけなのだが。しかも、運んでいるのも、また、軍曹殿には似合わない、やたらかわいいウサギのぬいぐるみと来た。
 正直、任務などといわれても、結構笑える状況なのだが、「任務」とくくりをつけると、ガゼン張り切るのが軍曹殿の身上なのだった。
「任務とかいわれても、夜に走るのはあまり好きでないです。眠たくなるし」
「贅沢を言うな。いい満月ではないか。風流だと思え」
「そうですか」
 ジョシュアは、そう答えて窓から外を見る。海の上に出た月が、沖のほうから波打ち際の方までを照らして、波が動くたび、ちかちかと煌く。
 地球から見る満月は、シティのそれより随分小さくみえた。おまけに、金色に見える。


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