そういうリーフィの首には、かつて彼女がかけていたトンボ玉の首飾りはもうない。それが、恋人からの贈り物だったことも、シャーは知っていた。立場的には横恋慕ということになるシャーは、何となくだが後ろめたさも感じているのだ。
「もし、何かあったら力になるよ。……っていうか、オレが出ないとカタがつかないだろうしね」
「ありがとう。でも、大丈夫」
 リーフィは、いつものように冷静に答える。
「今のところ、あの人は来ていないし、それに何かあったらすぐにあなたに相談するわ」
「ホントに?」
 シャーは、まだ心配そうなそぶりを見せている。リーフィは、ほんの少しだけ微笑む。
「あら、信用しないのね。でも、私が何でも相談できるのは、あなたぐらいなものなのよ?」
「ええッ? それ、マジ?」
 シャーは、元から大きな目玉をやや見張る。
「ええ。他に頼れる人はいないし、あなた、そう見えて信用はおける方だし……」
 そして、リーフィは思いついたようにふと悪戯っぽい表情を浮かべた。
「そうね、それに、私もあなたの秘密を知っているものね。……お互い秘密を抱えていると、より信用がおけるようになるでしょう?」
「そうでした〜。オレの本性はリーフィちゃんにはバレバレだもんね」
「本性というほどでもないでしょうけど。一応はそうよね」
 リーフィは、まだシャーが何かを隠しているらしいことを、直感として知っているらしい。だが、リーフィはそれについては訊かない。シャーも、リーフィについてあれこれ訊いてくることはないし、それだからこそリーフィはシャーを信頼する気になったのかもしれない。
「ん? てことは……、オレ達ってもしかして、共犯者って奴?」
 思わず調子にのって、シャーは緩んだ笑顔で言った。リーフィは、不意にいつもの顔に戻って、さあ、と答える。
「どうかしら?」
「意地悪だなあ〜リーフィちゃん」
 シャーは、ため息混じりにそう呟く。
「でも、ホントに困ったらオレに何か言ってよね。オレに遠慮なんてすることないんだから」
「そうね、ありがとう。あなたには本当にお世話になっているわね」
「えへへ、まあまあ、いいってことでしょ? ……帰り、送ってかないでいい?」
 心配なのかそう訊いたシャーだが、リーフィは首を振った。
「まだ昼間だし、あなたも色々あるみたいだし、大丈夫よ」
「うん、まあ、ごめんね。ホントは、あんなむさくるしい野郎共なんて見捨ててもいいんだけど」
 シャーは、言い訳めいた事をいうが、リーフィは軽く笑った。
「まあ、そんな不義理なこといっちゃいけないわ。それに、あなたも、お昼を食べ損ねたら悪いわよ」
「そ、そう? じゃあ、また。今日の夜は、リーフィちゃんとこ行くから!」
 少しだけ心配そうに、大きな目でリーフィを見ながらシャーはそういった。リーフィは、ええ、と静かにうなずく。
「ありがとう、じゃあ行ってらっしゃいね」
「うん、リーフィちゃんも、気をつけてね!」
 シャーはそういってリーフィを見送る。リーフィはそのまま、路地の角を曲がって歩いていった。
「とは、調子よく言ったものの……」
 シャーは急に一人になってぽつんと頭を下げた
「しーかし、あんな信頼のされ方って、実はまずいんだよねー……」
 シャーは、足下の石を蹴りながら、ぼそぼそと進む。
「……ああいう信頼のされ方って、間違いなく、オレ、恋愛対象飛び越えちゃってるじゃんか……。ま、別に慣れてるし、いいんだけど……なんつーか、こう、盛り上がらないなあ」
 シャーはため息をついて、ああ、と呟いた。
「まあ、いいか。信頼されてるっつーことは、とりあえず悪い事じゃないもんね」
 前向きに考えることにして、シャーは目的地にふらふら足を進め始める。乾いた地面を擦るサンダルの音が高らかに道に響き渡っていた。



 リーフィは、そのまま酒場までの道を歩いていた。相変わらずの急ぎ足は、女性にしてははやいほうかもしれない。
 狭い道には相変わらず、そう人気はない。大通りを通っても良いのだが、そうすると人が多すぎて時間がかかるし、酒場まで遠回りになってしまう。砂が足下でざりざりと音を立てている。と、リーフィは不意に何かに気づいて顔をあげた。自分以外に、誰かこの道を歩いているものがいるらしく、近くから足音が聞こえた。
 嫌な予感を感じたリーフィは、慌てて足をもっと早く進めようとした。と、いきなり腕をひかれた。力強く乱暴に腕をひかれ、リーフィはハッとしてふりかえる。つかまれた手をひきはなそうとしたが、相手の力は思いの外強い。
「久しぶりだな、リーフィ……」
 聞き覚えのある低い声に、リーフィは少しだけ目を見張る。
「あの、三白眼は今日はいねえのか……」
「ベイル……」


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