カディンは、おめき声を上げた。甲高いそれは、逆に不気味な鬼気をあおるものがある。チッと、摩擦する音とともに火花が散った。刀の端で相手の剣を受けながら、シャーはそのまま、だっと勢いをつけて相手を押しながら前進する。それに押し切られそうになりながら、カディンは、切り返してきた。いったん、横に飛びのきながら、シャーは後退せずに執拗に追いかける。
「いくぜ!」
 シャーは、そう声を上げると、剣を斜めに振りかぶって、そのまま振り下ろそうとした。カディンとの力量の差は歴然だ。だが、次の瞬間、いきなり、カディンが逃げに転じたのである。
 そして、間の悪いことに、そのとき、ちょうど偶然に、残っていたカディンの部下が、シャーに突っかかってきたのだ。
「あっ!」
 いきなり割って入ってきた男の剣を受け、シャーは思わずカディンから一瞬目を離す。その瞬間、すでに剣を引いて逃げる体勢になっていたカディンは、身を翻して闇の中に逃げ込んだ。
「チッ! しまった!」
 シャーは、そのまま飛び込んできた護衛の男を叩き伏せた。それ以上相手をするつもりも時間もない。カディンの姿を追って、慌ててシャーはそのまま足を伸ばす。だが、すでに闇にまぎれた彼の姿は、もうほとんど見えない。
「くそっ、運動不足の割りに、意外に足がはやいな!」
 カディンの姿は、かすかに月明かりに映るだけである。だが、彼の逃げる場所に、例の男も隠れている可能性もあった。シャーは、その姿を逃さないように気をつけながら、懸命に走った。
 暗くなった路地には、もはや人気はない。もとより、人気のない場所だけに、不気味な寂しさと寒さが漂っていた。
 だが、その人気のないはずの場所に、影がちらりとよぎった。いや、影というより、なにかの反射光だ。
「ん?」
 シャーは、隣の路地のほうに視線を向けようとして、瞬間、身を翻した。直後、避けた場所を、大振りにした刃物が空気を切り裂きながら通っていく。
「誰だ!」
 た、と軽くステップを踏みながら、身を翻して構えなおしたシャーの前に、大きな人影がかすかに見えた。手には光る大剣が握られている。
「俺の一撃目をかわすとは、やるな!」
 夜だというのに、近隣に配慮をまったくしていなさそうな声だ。その声だけで、シャーには大体誰であるかわかった。
「だが、それもここまでだ! 今日こそ、オレが天誅を下してやる!」
「あ、あんた……メハ……うわっ!」
 言いかけて、シャーは、慌てて後ろに飛びずさる。友好的に声をかけようとしたのだが、相手は彼の声など聞く様子もなく、いきなり連続で突きを見舞ってきたのだ。
「ちょ、ちょっとっ、ちょい待ち!」
 シャーは、突きを払い、後退しながら叫んだ。
「ま、待って待っててば!」
 シャーは、手を上げる。一度たっと大目に間合いを取り、シャーは慌てて叫んだ。
「あんた、メハルさんだろ! オレだよ! シャーだってば! 会っただろ!」
「なんだ! 潔くないぞ!」
 メハルらしき男は、大声でそういうと、また再び攻撃の姿勢に移っている。
「だから、違うってば! 声きいてわかるでしょッ!」
「声だと?」
 必死のシャーの声に、ようやく思い当たったのか、闇から姿を現した男は、きょとんとした顔をのぞかせた。ちょうど月の光がシャーの姿を照らしたのか、その大男、メハルは、ようやく彼の正体に気づいた。
「あ! てめえ、三白眼!」
「ようやくわかってくれた?」
 シャーは、メハルが剣をおろしたのを見て、剣を横に流しながらため息をついた。
「てめえ、なんだ、こんな夜に抜刀してうろつきやがって!」
「オレにだってねえ、ちょっと事情があんの。人のことはほっといてよ」
「不審者ってだけで、しょっぴけるんだぞ、コラ!」
 なにやら疲れた様子のシャーに、メハルはいらだったようにそんなことを言う。
「それに、オレの剣をたやすくかわすとは、てめえ、やっぱり只者じゃ……!」
「ま、ままま、それはおいといて」
(アンタだって大概只者じゃねえじゃねえかよ)
 シャーは心で毒づきながら苦笑する。あんな重い剣を片手で振り回して追いかけてくるなんて、正直、ただの役人にするにはもったいない。
(ちょっと、ジャッキーちゃんとやりあってるのを見たい気がするけど)
 疲れるので自分は、ジャッキール含めて一撃が重い技巧派の相手とはあまり戦いたくないが、他人事なら面白く観戦できそうな気がする。
 ともあれ、シャーは、相手の攻撃がやんだので、ほっとした。
「ここにきっ白い顔の男こなかった。というより、アンタがさえぎったせいで、見失っちゃった気が激しくするわけだけども」
「それよりも、この辺で、テルラっていう小僧みなかったか! 刀鍛冶だ」
 訊かれて使命を思い出したのか、メハルは急き込んだ様子で言った。


* 目次 *