シャーは、ゆらりと足を一歩踏み出す。それにつられたかのように、前を守っていた男が飛び出した。シャーは、そのまま、踏み出した足とは逆の足を前に交差させると同時に、相手のみぞおちに剣の柄を埋めた。
「あんたは、ここんところ、王都を震え上がらせている辻斬りの正体を知っているはずだ。それについてのヒントをもらいたいんだよ。オレの予想と突き合せたいからな」
「な、何だと!」
 カディンの声には動揺の色があった。
「あんたとそいつは協力関係にあった。いいや、今も、あるのかもな。……その辺までの意見は、オレとジャッキールのダンナも一緒でね。ということは、大体そのセンはあっているということだ」
 月明かりでシャーの瞳は不気味に青い。奥の方から深い青色が染み出すような目は、一種の魔を感じさせるところがある。
「奴とあんたは、ある利害で一致していた。あんたは、剣が本当に名剣なのか知りたかったし、奴は剣の切れ味、または、その剣の切れ方というかね、そういうところを知りたかったはずだ。こういう事件が立て続けに起こって、あんたは多少は焦ったが、それでも、ためし斬りなら仕方がないと許容していた」
 シャーは、そういって右手に剣をぶら下げた。親指と人差し指だけにぶらさげた刀は、そのまま落ちてしまいそうだった。
「なにせ、普段、あんたがやっているのも、結構無茶なことしていたからな。人死にが多少出るくらい、あまり心が痛むことでもなかったんだろう?」
「黙れ!」
 カディンの声がぴりゃりと空気を打った。
「貴様みたいな下郎にはわかるまいな?」
 カディンは、剣を抜く。それ自体が、見かけからしても名剣であることがすぐにわかるものだった。美しい鞘と刀身は、宝物としても価値がありそうだったが、けしてそれだけではない光がさっと走る。どこかうっとりとした歪んだ笑みを浮かべて、カディンは言った。その口調は、若干芝居がかっていた。
「剣は飾りであって、飾りでない。そばに置くだけにしても、美しいだけではだめなのだ。切れ味がわからなければ、ただの鉄の棒に過ぎない」
 カディンは、シャーのほうに歩み寄りながら言った。
「だから、私は、切れ味を見たかった。利害が一致したからこそ、「あの男」に頼んだだけだ。貴様にはわかるまいな、下郎。……見れば、先ほどから、貴様は誰も殺してはいない。その剣の使い方も知らぬのではないのか」
 シャーは、一瞬きょとんとしてその言葉をきいていたが、それに気づくと、思わず吹き出した。
「な、何を笑う!」
「へへ、他人様からそう見られるんだなあと思っただけのことだよ。それほど、今のオレが慈悲深く見えたっていうのなら、ちょっとうれしいなあと、ねえ」
 シャーは、少し皮肉っぽく笑った。
「……ふん、斬らない剣はただの飾りだってか。それはよくわかってるぜ。……大体な、オレの師匠がオレに教えてくれたのは、今思えば人の殺し方そのものだったからなあ」
 本当のことをいえば、と、前おいて、シャーは剣を右手にぶら下げたまま続けた。
「オレが人を無駄に斬らないのは、大勢を相手にするなら、いちいち斬るより戦いをやめさせたほうが効率的だからだよ。それに、こんな街中で人を斬っちまったら、オレが指名手配くらっちまうだろ。オレはジャッキールのダンナほど、後先考えてないわけじゃないぜ」
「臆病者だな!」
 カディンの嘲笑が乾いたまま響いた。シャーは、薄く笑った。
「そうだ、臆病者だからこそさ。マジにホントのことをいうとな、クセになるのが怖いから、このところ、流血はなるべく避けてるのさ!」
 シャーが剣を持ち上げてちゃんと持ち直した瞬間に、カディンがわっと向かってきた。真っ向からおろされる剣をがっと受け止める。
 カディンの白い顔に、どこか狂気じみた瞳がぎらついていた。
「死ね! 下郎!」
「死ねといわれて、はい、そうですか、って言ってられるかよ!」
 鍔ごと打ち返すように、押し返してそのまま身を引く。カディンは、すばやくその場で切り返してくる。それを避け、シャーはまっすぐに一撃を浴びせるが、カディンはそれを受け流して、そのまま払いのけてきた。
 シャーは、剣をひきつけながら下がる。
 カディンは、意外に戦いなれたところがあった。いや、そういうのは、適切ではない。この男、人を斬ったことがある。そうでなければ、ここまで落ち着いていられない。今まで、部下に任しきれずに、自分で行動したところもあるのだろう。
「思ったより意外にやるじゃねえか。なるほど、見てるだけじゃ飽き足らず、結構、本気で使ってたな?」
 シャーは、素直にそう感想を漏らす。
「……アンタ、あの剣持ってたら、間違いなく人斬って出歩いてたぜ」


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