裏路地からばたばたと足音が聞こえる。舎弟を数人つれて飛び込んできた男は、リーフィの後ろからシャーのくるりと巻いた髪の毛が飛び出ているのを見て怒鳴った。かなりの大男で実に悪そうな顔をしていたが、声もそのイメージに劣らずなかなか大きな声である。
「女の後ろに隠れてるのか!」
「す、すみませんっ!」
「バレン…」
 シャーが背で縮こまったとき、リーフィは大男の顔を見て、つぶやいた。それをきいて、シャーは背を伸ばした。
「え、えぇぇ? お、お知り合い?」
 ついで、首をひょいとリーフィの後ろから出しながら言った。
「嘘! こんなかーわいいリーフィちゃんとあんたみてぇなおっさんが? うわ〜〜! 似合わないなあ! 意外〜〜!」
 つい口が滑ったらしい。きっとバレンに睨まれて、シャーは慌てて口を閉ざした。
「何の御用?」
 リーフィは、恐々と相手をうかがっているシャーを後ろにおいやって言った。
「このシャーっていう男は、お金を持たずに酒場に来る事で有名な男よ。もっとマシな獲物を選んだらどう?」
「そうそう、そうですよ。皆様。」
 シャーが後ろでこそこそと付け加える。だが、彼らの興味はすっかりシャーからリーフィにうつっていたようだ。
「なんだ、お前がそいつと知り合いだとは思わなかったぜ?」
「酒場のお客さんよ。無一文だけれど…」
 さりげなくひどい事を言いながら、リーフィは頭からかかった布を髪の毛と一緒に跳ね上げた。
「それはそうと…」
 バレンといわれた大男は、少し下卑た笑みを浮かべる。
「お前、今月の支払いはまだだろう?」
「そういえば、そうね。明日までには持っていくわ。」
 リーフィは始終、凛とした口調で返す。シャーはそうっとリーフィの背から顔を出した。バレンは、近寄っていってリーフィの肩に手をかける。それをみて、シャーは、ああっと声を上げた。
「お前だったら、色々と口利いてやってもいいんだがな。」
「冗談を言わないで。今月の分は明日返すわ。」
 リーフィはぱんと手を跳ね除ける。振られた格好になり、バレンは舌打ちし、それをみて、シャーはひっそりとざまあみろ、とつぶやく。
「さあ、こんなところで油を売ってても仕方がないでしょう? 今日のところはお帰りなさい。」
(そーだそーだ。帰れ!)
 声に出すと恐いので、シャーは表情だけで囃し立てていたが、不意に何かを思い出し、リーフィの背から飛び出した。
「あ、ちょっと! 待って!」
「何だ? また痛めつけられたいのか?」
 バレンが不機嫌にシャーをにらみつけたが、今度はシャーも引かなかった。
「オレの財布、オレの財布…!」
 シャーはがばっと地面に伏せた。あぁ、といってバレンはひょいと汚れた青い布切れを差し上げた。
「このほとんど金の入ってない財布か?」
「そーです、それそれ!」
 シャーは、バレンの足にすがりついた。
「お願いです。財布返してくださいよぉ!」
「…こんなもんが大事なのか?」
 ふっとバレンは笑みを残酷そうにゆがめた。
「お前も物好きな奴だな。」
「そうなんです。だから、返して!」
 すがりつくシャーを一瞥し、バレンは笑いを浮かべたまま、彼を思いっきり蹴っ飛ばした。
「バレン!」
 リーフィの鋭い声で、バレンはシャーに次の一撃を加えるのをやめた。かわりに、地面に転がって、起き上がろうとしているシャーの背を踏みつけた。
「はん、その腰の剣は飾り物か? 女の影にかくれやがって、全く情けねえ奴だな!」
 嘲笑いながら、バレンは彼を地面に押し付ける。
「いた! いたい、いたいですよ〜!」
 ぎゃあぎゃあとうるさく騒いで、ばたばた見苦しくもがいているシャーを見て、リーフィは険しい顔をした。
「バレン!」
「おお、そんな恐い顔で睨むなよ。別嬪が台無しだぜ?」
 バレンは仕方がなく、足をシャーからどけた。助かったシャーは、ダメージからか、気力がなくなったのか、ばったりそこにへばったまま身動きをしない。
「リーフィ、お前も結構、優しいところあんじゃねえか。…それでベリレルの借金も背負っちまったのかい?」
「バレン…余計な事は言わないで。」
 静かなリーフィの迫力に、バレンは少し気圧されたのか黙った。シャーは、ぴく、と目だけを上に上げる。ベリレルという人物が、リーフィと浅からざる仲だというのは、その会話で知れた。
「シャーの財布を返しなさい。」
 リーフィに言われ、バレンはぱっとその布切れをシャーの上に投げた。
「こんなもんを大事にするたあ、お前も相当変わり者だな。今度からは、この辺は一人でうろつかねえほうがいいぜ。へたれ野郎!」
 そういうと、バレンは、いくぞ、と周りのものに言った。彼らは、バレンがきびすを返すと、それぞれ嘲笑しながら去っていった。


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