カッファがちょうどシャルルの居室の周辺の警備を固めている頃、シャルル本人は、起きあがって本を読んでいた。王と言うには割合に質素なその部屋には、病弱な彼が普段からその身を休めている寝台がある。薄い絹でできた天蓋が、さーっと垂れ、彼はそれごしによく人と話をするものだった。
「陛下」
 呼ばれて、シャルルは、本を読む手を休めて前を見た。なじみの女官が、そこに控えている。
「何用だ?」
「お会いしたいという方がいらっしゃいますが……」
 そういわれて、シャルルは首をわずかに傾げた。確か、面会は謝絶しているはずだ。
「どういうことだい。私は今日は誰にも会わない予定だが。しかも、こんな夜に」
 彼はベッドから出て、薄い天蓋ごしに女官を見た。その穏やかな眼差しに、怪訝そうな色が見える。
「カッファには通したのか?」
「いいえ。宰相殿には通すなとの事でございます。極秘にお話がしたいと」
「誰だ? そのような無理を通せると言うことは、まず間違いなく相手は王族だな」
「はい」
 女官は、少し控えて、小声で言った。
「弟君のザミル様でございます」
「ザミル?」
 シャルルは、薄い絹の天蓋の奥で反芻した。その顔には、更に怪訝な色がにじんでいる。
「ザミルが今頃何のようだというのだ?」
「なにやら危急の用とのことで。極秘にお会いしたいとの申し出でございますが」
 シャルルは軽く顎に手をあてた。
「そうか」
 少し考えてから、彼は大きくうなずいた。
「よし、私が会うことにしよう。……ザミルには、部屋で待たせておいてくれ」
「かしこまりました」
 女官がそういい、すーっと去っていく。彼女が部屋から出てから、シャルルは天蓋の外に出た。暖かい上着を着て、彼は一応傍にあった剣を帯刀した。弟の王子と会うのに、不作法な格好で会うわけにはいかないし、また、身を守る意味を含めてのことである。
「まさか、ザミルが何かしら関わっているというのか?」
 シャルルは顎を軽く撫でる。
「しかし、あのザミルが?」
 相手は仮にも弟である。セジェシスは、妻に序列などつけなかったが、それでも有力者だった夫人がザミルとラハッドの母だ。それをないがしろにするわけにもいかないし、ましてや疑うなどもってのほかである。
「仕方ない。会って確かめておくか。……カッファには悪いが、これも私のつとめだからな」
 そういうと、シャルルは水差しの水を少しだけ飲んだ。そして、面会に赴くため、隣室へと足を運んだ。



シャルルからの伝言を持って、女官はそのまま、外に出た。ザミルの待っている少し離れた部屋に行くと、彼女はそこで待っているザミルとラティーナの二人を見て、軽くお辞儀をした。さすがのザミルでも、ここまでシャルルに近い位置で、護身の兵士を連れて行くわけには行かない。その代わりに、女官を連れてくることは許されていた。
「兄上様からお許しが出ました。面会なさるそうです。このまま、こちらで、お待ち下さい」
 女官はザミルにそう伝えてかしこまった。ラゲイラはここには来ていない。彼は、ここにつく直前に姿を消していた。確かに、ラゲイラを連れていけば、カッファやシャルルは警戒して、ザミルに会わない。それを考慮してのことだろうが、万一の時の逃げの手をうったようにも、ラティーナには思えた。
「どうするつもり?」
 付き添いのラティーナは、ザミルの女官という設定である。顔を半分隠しながら、女官の服装をした彼女は、ザミルを睨むようにして訊いた。
「会ってからのお楽しみだな」
 ザミルは小声でそう言い返し、黙った。ラハッドと同じ様な顔立ちなのに、どうしてここまで冷たい顔になるのだろう。ラティーナは、それを憎々しげに睨んだ後、目をそらした。いつまでも見ていたいものではない。
「ザミル様」
 ふと、別の女官が彼に近寄ってきた。まわりを伺いながら現れた彼女は、そっとザミルの方に近寄ってくる。軽く巻いた黒髪の色黒の美人で、暗い夜の宮殿では少しなまめかしい印象すらある。
「お久しぶりでございます」
「ああ、お前か」
 ザミルは顔なじみらしく、すっと視線をあげただけであった。
「少しお耳に入れておきたいことがあるのですが」
「そうか。話せ」
 ラティーナは不意に気づいた。この女官、ザミルの間者だ。ザミルがいつの間にこの女官に近づいたのかは分からないが、シャルルのまわりには、すでにザミルの手が回っているということだ。
 女官はちらちらと辺りを気にしながら、小声で続けた。
「ここでは……人目があるやもしれません。他の女官がいつ戻ってくるか。雑談程度ならよいのですが、ここでもしきかれでもしたら」
「そうだな。……わかった場所を移そう」
 ザミルはすっと立ち上がり、そして、ラティーナの方に目をやった。


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