「あれのどこに気をつけりゃあいいんだよ」
「あんなに弱そうなやつ、はじめてみた」
 男たちはあきれたり、苦笑したりとシャーをかわるがわる見てはため息をつく。
「真面目に見張りなんてやってられねーな」
 男たちは、鼻先で笑った。
「おい、お前!」
 顔に傷のある男が、一番の大男を指さした。
「な、なんですか?」
 大男は、二m近い体躯に似合わず、どことなく気弱そうな印象だった。おろおろと、仲間の呼び出しに従う。
「てめえが、あいつの見張りをしてろ。オレたちは休んでくる」
「オ、オレ一人で?」
 大男は動揺を隠さない。本当に気弱らしく、男は心配そうな顔をした。
「あ、あいつが抵抗したらどうするんですか?」
「大丈夫だ。そんな奴にはみえねえだろ?」
「けど」
「けども何もねえ!」
 顔に傷のある男が、どんと大男を押した。巨体とはうらはらに、大男は押されてぺたんとしりもちをついた。
「お前はオレたちの命令をきいてりゃいいんだよ!」
「おいおい、落ち着けよ」
 傷のある男は気が短いらしく、他のものがそれをとりなす。
「とにかく、お前が見張ってろ」
 言われて大男はしぶしぶとうなずいた。それを見て、悪態やせせら笑いなどとともに、男たちはその廊下から出て行った。地下にあるこの隠し部屋から、出て行くには廊下から上への狭い石段をあがらなければならない。幾人もの男たちがそこから出て行くときに鳴らす靴音が高々と響いた。
 大男は立ち上がり、扉ののぞき窓から捕虜を覗き込んだ。言われたとおり、脱走を企てたりしそうな危険人物には見えない。
「腹減ったなあ……。そういえば、今日、夕食抜いてたっけ。急いでたし」
 とらわれの男はぼそりと呟き、頭をしょぼんと垂れる。腹の虫はすでに何度も悲鳴をあげている。
「……腹減った……」
 割と空腹には慣れているが、それでも我慢しろと言われるとつらい。先程あっさりやられたのも、もしかしたら空腹だったからじゃないのかとも思う。酒は飲んだが、今日は早めに切り上げてきたし、ラティーナに怒られそうだったので、あまり食べられなかった。
 気晴らしに周りをのぞいたところで、辺りは暗くて冷たい石畳である。しんしんと身に冷たさが伝わる。寒くて腹が減ってきた。次に来るのは、眠気かな?と思い、シャーはオレも終わりかなあ、などと考える。
「…………切ないなあ。こんな寒いとこで。……ああ、温かいスープがのみたいなあ」
 不意にラティーナの顔が思い浮かび、シャーは慌てて首を振った。妙に顔が熱くなる。こんな状態なのに、浮かぶラティーナの顔は、一度っきりしか見ていない笑顔だった。怒っている顔よりも、数倍かわいいと思う。本当に彼女は……。
(何考えてんだ……、オレ。)
 シャーは、再び首を振った。
(まずいな。オレ、本格的にあの子に惚れてきてるんじゃないか?)
 シャーは両手が使えたら、間違いなく巻き毛の頭をかいていた。それが出来ないのが、不便で辛い。シャーはぼそりと呟いた。
「夢を見るのはやめたほうがいいよ。何度痛い目見たか十分にわかってるだろ。オレみたいな男は、相手にされないよ。だって、あの子は……」
 シャーは呟くと、ひどく寂しそうな顔をした。
 相手は貴族の娘で……、そして、ラハッド王子の……。
(それに、オレは……あの子にとっちゃあ……ラハッドを……)
 わずかに奥歯を噛みしめて、シャーはその後に続く言葉を考えるのをやめた。それを考えてしまうと、シャーは身動きが取れなくなってしまいそうだった。深くため息をつき、彼は暗い石の床を眺めた。
(……どうか、オレが何とかするまで無事で……)
 シャーは、誰へともなく祈った。
 その時、きぃ……と扉が開く音がした。シャーは、顔を上げた。そこには、人の良さそうな顔をした大男が、皿を片手に立っていた。
「あ」
 シャーは、驚いたような顔をする。
「あんた、新顔だねえ。どうしたんだ? 見張り、おしつけられたの?」
 大男は、囚人のあまりにの馴れ馴れしさに閉口した。
「いや、その、飯だよ」
 大男がいうと、シャーは飛びあがらんばかりに喜んだ。
「あ、ありがと〜。独り言って言って見るもんだね!」
 シャーは、ぱあっと微笑んだ。
「ホント、ありがとな!」
「そんなに感謝するほどの事じゃないだろ?」
 大男はやや困惑気味に答えた。シャーは、すでに皿の到来を今か今かと待ちわびている。
「あんた、意外といいやつだね。こういうときに染みるのは人の情けだよなあ。功徳を積んでると、いつかいい事があるよ」
「だといいけどな」
 大男はそういって、彼の前にスープのようなものを置いた。シャーはそれに飛びつこうとして、ある事に気がついてしょげた。
「あぁ、そっか。手え縛られてたっけ。オレ……いま、食べられないんだけど」


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