「オレたち、一般市民ですよ。こんな手荒な事する必要はないでしょ〜?」
「黙れ、貴様の茶番に付き合うつもりはない」
 男は、鋭く言ってシャーの口を素早く止めた。
「女を連れて行け!」
 彼は続けて左右に命じた。近くにいた者達が、ラティーナを立たせる。
「シャー……!」
 ラティーナが不安そうな声を上げた。シャーは少し慌てて、立ち上がろうとする。
「おい、ちょっと!」
 言いかけたシャーの口はまたしてもそこで封じられた。立ち上がりかけたシャーの腹部を男が足で蹴り上げたのである。床に叩きつけられ、苦しそうに咳き込むシャーを見て、男はうっすらと笑みを浮かべた。
「シャー!ちょっと!何するのよ!」
 ラティーナが引っ張られながら、男をきっと睨む。
「安心しろ、これくらいじゃ死にはせん」
「だからって!」
 ラティーナはまだ言いかけたが、彼女の周りにいる兵士が無理やり彼女を扉の外に出させた。
「ちょっと! シャー!!」
 分厚い扉が無情にもしめられ、ラティーナの声はそこで途切れた。
「貴様らも先に出ていろ!」
 男は、残っていたものに命令した。
「しかし…………」
「ふ、危険だというのか? それとも、貴様らも、私が信用できないというのではあるまいな?」
 笑いながらだが、目は笑っていない。にらまれて、兵士たちはびくりとした。
「滅相もありません」
「なら、こやつの抵抗を心配しているというわけだな?」
 彼は念を押すようにしてそういい、ちらりとシャーに視線を投げた。
「では、聞いてみよう。この状態で抵抗するほど、馬鹿ではなかろう? どうだ、シャー=ルギィズ……」
「確かに……」
 シャーは、ごろんと転がって姿勢を整えながら言った。
「この状態じゃあ、蹴り殺される方が早そうだよなあ。……やめてくれよ、オレぁさっきも一発食らってるのよ。あと一発蹴られたら、多分あの世行きだってば」
「……そういうことだ」
 男が言うと、残っていた部下達も納得したのか、そろそろと扉の外に出て行った。
 部屋には、シャーと男だけが残された。シャーは、苦笑いしながら言った。
「やだなあ。おっさんと二人っきりだなんて。そういう趣味ないのに。オレはね、健全な空気しか吸わない主義なのよ。わかる?」
「奇遇だな。私もない」
 男は笑う。
「だが、貴様には話をつけておいたほうがいいと思ってな」
「なぁにい? 金なら大金積まないとダメだよ。それとも、無駄って言っておいたほうがいい?」
「わかっている。少し昔話をきいてもらおうか」
 男は話を始めた。
「二年ほど前のことだ。ある街の酒場でならず者が騒いでいた。あまりにも目に余る行動に、店主が止めに入ったが、逆に脅され、危うく殺されそうになったそうだ。そのとき、なじみだった旅人が仲裁に入った。だが、その仲裁を受け入れるような連中でもない。その場で旅人に切りかかった」
 男は続けた。
「結果、どうなったと思う? 二十人もいるならず者共と一人の旅人……。どう考えても多勢に無勢だな。だが、勝ったのは旅人だ。相手にした連中は、命こそ失わなかったが、皆しばらくごろつきを廃業しなければならんほど痛めつけられたそうだ」
「立ち回りの仕方じゃないの? どうせ屋内で戦ったんだろうし。そういう場合は、経験のある奴が勝つもんだ」
 シャーは笑っていった。男は薄笑いを浮かべたままうなずく。
「そのとおり。要は戦い方の問題だな。だが、私が噂にきいたところによると、その上手く立ち回って勝った旅人が妙な刀をつかっていたそうだな。……東方由来の……知っているか?」
「さぁ。オレは知らないなあ」
 シャーは刻むような笑みを浮かべた。男は笑みを消し、じっとりと視線を下げた。
「……貴様だな? シャー=ルギィズ」
 シャーは、おかしくてたまらないというように笑い始めた。
「あはは。そんなオレがそんな大物に見えますう? ちょっと、旦那、買いかぶりすぎじゃないの?」
 男は冷笑を浮かべる。
「ふふふ、今更そんな茶番を信じると思うか? ……貴様、先ほど俺の蹴りをまともに受けたように見せかけておきながら、実際は、わずかに急所をそらしていた。部下はどうかしらんが、俺の目はごまかされん」
 はっとシャーは、笑うのをやめた。彼は、そこに胡坐をかき、口元をひきつらせて笑った。
「ちぇっ。あんた、性格悪いねえ。言われないか?」
「貴様に言われたくないな」
 シャーは、やれやれとため息をつくと、肩をすくめた。
「確かに、あの時に仲裁に入ったのはオレだよ。あんまりやりたかなかったんだけどさ。あの連中ってば、無茶して酒屋のオヤジを痛めつけるもんだから、仕方なくだよ」
 シャーは言い訳まじりにそういった。
「……そこまで知ってるって事は、つまり、どういうことだい?」


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