「……そんな、折角最近リーフィちゃんと仲良くなれたのに? ……オレ、ショック受けちゃうな」
「そんなシャーが寂しがるような話ならよかったんだけど…」
 リーフィは少し苦笑した。
「…そんなおめでたいはなしじゃないの。ただ愛人にならないかって話だから」
「えっ、そうなの? 相手どこの誰よ?」
「ウェイアードって人知ってる?」
 リーフィは膝を抱えて座り込みながらきいた。
「この辺りの酒場から気に入った娘を召し上げていっては、自分の行きつけの妓楼で囲っているらしいんだけど、…飽きてしまうとその妓楼に売り飛ばしてしまうっていうひどい評判の男よ」
「うわっ、それひどいなー」
 シャーは思わず顔をしかめた。
「でも、どうしてそんなひどい奴の所に?」
「あの人、ザファルバーンの大富豪の息子なの。一人息子らしいから。…それで、酒場にかなりお金を出しているみたいなのね。わたしも、サリカもそうだけど、酒場にお金を借りて働いているから、拒否はできないわ。うちの旦那さんは、別に嫌ならいいっていってくれたけれど、サリカの所はそうもいかないみたいなの」
「なるほどね。……ひどい奴がいるもんだな。どこにいるの? そいつ」
 シャーは横目でリーフィを見ながらきいた。
「シャーも知っているでしょ? マタリア館っていう所」
「ああ、あの妓楼の事? オレ、郭遊びはしないからいってないけど」
 そうだろうな、とリーフィは思う。金のないシャーにできる遊びは酒場周りがせいぜいだし、そんな所にいたら弟分が騒いでいるはずだ。
「そこにいりびたりっていう話よ。年はあなたと同じぐらいだと思うんだけど」
「ふーん、…なるほど、なーんかその坊ちゃん、聞いたことあんなあ。カンビュナタスの奴が言ってたんじゃなかったっけ」
「え?」
「あ、何でもない何でもない」
 シャーは慌てて首を振り、そしてにっと笑った。そうっと上目使いに、リーフィの表情を伺いながら言った。
「…リーフィちゃん、オレが何とかしてみようか?」
 言われてリーフィは少しだけ驚いたような顔をした。
「あなたが? …でも、これは前みたいに切った張ったじゃ片づかないのよ?」
「そうかもしれないね。…でもやらないよりやるほうがましじゃない。…オレもリーフィちゃんやサリカちゃんがいなくなったら寂しいし」
 シャーは片目をつぶっていった。
「ね、…まずちょっと探りをいれるぐらい入れて見ようよ。それでできなければあきらめるしかないけど、最初からあきらめるのも」
「シャー……ありがとう…。それじゃあ…」
 リーフィは思い立ったように、そっと懐から財布を取りだしてその中の金貨をシャーに渡そうとした。
「少ないけど、これでお願いしてもいいかしら……。この前も世話になって、今回もじゃわるいわ。だから……」
 言いかけたリーフィの手をそっと握って差し戻すと、シャーは首を振った。
「やめなって。水くさいな。いいよ、見返りなんかいらないからさ」
そういって、シャーはリーフィの手にそれを戻す。
「後で酒の一杯でもおごってくれれば十分だからさ。気にしないでよ」
 シャーは優しく笑ってそう言うと、立ち上がった。リーフィはわずかに微笑み返す。それを満足げにみるとシャーは壁に片手をついて寄りかかった。
 空を見る。急に明るくなったなと思ったが、どうやら雨がやんでいるらしかった。街のあちこちにできたみずたまりもそのうち乾いていくことだろう。



 ウェイアードという男の噂はそれとなく聞いていた。そこそこ裏世界の事情には詳しいつもりのシャーだが、ウェイアードの噂はそれとなくしか聞かない。王都でも有名な商人カドゥサ家の御曹司だときいたが、事情はそれと美人の噂をきくと手当たり次第召し上げるというぐらいで、それ以外の情報についてはシャーはあまり知らない。
(やっぱし、ご本人に会わなくちゃいけないよなあ)
 ということは、妓楼で会うのが一番いいのだが、あいにくとシャーには金はないし、この格好で行っても不審者としてつまみ出されるのがオチだ。
「ん〜、どうしたもんかねえ」
 あれから三日ほど経った夜、シャーはまた酒場に立ち寄っていた。サリカはあれから口をきいてくれないし、何やらそのせいで舎弟達からも冷たい目で見られているような気がする。
 雨はすでに上がっていて、いつものように熱い光線を発する太陽が地の向こうに沈んでいた。夜になれば少し冷えてくる。今日はリーフィと約束をした日だ。その日までに対策を練るつもりだったが、結局、シャーはいまいちウェイアードという人物を掴み切れていない。せめて、サリカに話が聞ければいいのだが、シャーを嫌って顔すら見せてくれない今のサリカに聞き出せるはずもなかった。
「なんですか? 珍しく難しい顔して」


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