反論する暇も与えられず、サリカはそうシャーに言い切った。シャーは怯えながらも、そうっと不服そうに異論を唱えてみる。
「ええっ、そんな理由〜。ちょっとそれってひどくない? サリカちゃん」
サリカはもうシャーの顔を見ない。そのまま去っていこうとする。シャーは弟分達を振り返って、小声でぼそりと訊いた。
「なあ、お前達、どう思う? この仕打ち〜」
「いや、いつか言われると思ってました」
「確かにこの雨の中、兄貴の顔を見ているのは正直…」
 彼らは口々にそんなすげないことをいう。シャーは哀しくなってじっとりと彼らを見たが、雨よりも湿度の高そうなその視線を直視するような者はいない。
「いつまでいるのよ?」
 サリカの声が響き、シャーは反射的にばっと立ち上がる。
「わ、わかりましたよう〜。出ていくってば〜」
 シャーは渋々応えて、そうっと足を進める。サリカはシャーの背中を忌々しそうに睨んでいる。その視線を感じてか、シャーは次第に早足になって、小雨降る街へと消えていった。
「ちょっと可哀想な気もするけどさあ」
 シャーの横にいた舎弟がぽつりといった。
「確かにサリカの気持ちも分かるんだよな。…オレ達でもちょっと鬱陶しいし、今の気候には」
「ちょっとな…。兄貴には悪いけど」
 そんなことをいいつつ、彼らはシャーがいなくなったおかげで、湿度の減ったような気のする場にほっと息をついた。
「ちぇー、なんだよ。……雰囲気と顔は変えられないんだから仕方ないじゃないかよー」
雨は小雨だが濡れても困る。シャーは近くの建物の入り口に入り込んで座った。上から雨粒がはらはら落ちてくる。
「あいつら冷てえなあ…。…オレの心も雨模様って感じ…」
 雨にそぼぬれながら、膝を抱いて三角座りをしていると妙に切ない気持ちになる。シャーは雨宿りをしながら、深々とため息をついていた。
 砂の上に水がたまっている。そのうちに川になるかもしれない。洪水にならない程度に降って欲しいよなあ、とシャーは漠然と思う。
 ふいに水たまりがはねて、ぱちゃりと音を立てた。シャーは上をむく。薄い布を頭にかぶって早足に歩いてきたらしい女性がそこにたっていた。彼女はシャーの顔を見ると、少し冷たくて綺麗な顔にわずかなほほえみをのせた。
「あら、シャー久しぶりね」
「リーフィちゃん!」
 シャーは顔を上げてその女性に笑いかける。サリカのように華やかさや明るさはないが、美人のリーフィはやはり酒場では目立つ存在だったし、彼女を見に来る客も多い。シャーは最初鼻にもかけられていなかったが、この前一度彼女を助けたこともあるのかも知れない。最近リーフィは、シャーに比較的優しい。といっても、他の女の子達がシャーに対して冷たすぎるだけなのかもしれないが。
 雨に濡れながら歩いていたリーフィは被っていた布の水気を払った。豪華なものではないが、薄い布は綺麗に薄紅に染められていた。
「どうしたの? こんなところで」
 リーフィは、そういって首を傾げたが、シャーはすぐには質問に答えなかった。
「リーフィちゃん、お久しぶり。元気い? ここんところ見かけなかったから心配してたのよ。ま、オレがリーフィちゃんの店にいってなかったのもあるけどね」
「そうね、この所少し困ったことがあってお店の方は休んでいたの」
 リーフィはそういって、建物の中に入った。
「シャーはどうしてこんな所に?」
「あ、あはは…ちょっとサリカちゃんのご機嫌を損ねたみたいで」
 シャーは頭をなでながらため息をつく。リーフィはシャーの方にしゃがみこみながら尋ねた。サリカとリーフィは働いている店が違うが、その住居は近い。サリカは彼女にとっては妹みたいなものでよく相談にのっているらしかった。
「シャー、もしかしてサリカに追いだされたの?」
「うん、まあ、そんなところかなあ。いやあ、雨の中、オレの顔見てるの嫌だって、そんなん…」
 ふうとため息をつき、シャーは膝にあごをうずめる。
「オレって、そーんなに鬱陶しいのかなあ」
「そんなことはないわよ。サリカは今ちょっといらついているみたいなの。ごめんなさい、許してあげてね」
「リーフィちゃんが謝ることないよ。オレも気にしてないし。よく言われることだしね。大体、悪いのはこの雨なんだよ」
「そうかもしれないわね」
 で、と、シャーはリーフィの顔をのぞき込みながら言った。
「どうしたの? なんだか浮かない顔してるね」
「ええ、さっきいったサリカのことなんだけど、…わたしもそうなんだけどね、ある男から誘われているの。…自分についてくれば、豪華な暮らしをさせるっていうんだけど」
「え、えぇぇ! サリカちゃんも、ましてやリーフィちゃんまでお嫁に行っちゃうの?」
 シャーは縋り付くようにしていった。


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