それに。と、シャーは思う。ウェイアードは、すでに曲刀の刃に巻いていた布を外しているのだ。この緊迫感は、けしてシャーだけが緊張しているから感じるものではない。むしろ、殺気を発しているのはウェイアードの方だろう。
 ウェイアードは側に妓女を侍らせながら、一度も彼女たちの方を見ていない。ウェイアードは、外敵の前の獣のような目で、シャーの方を気にしている。いつ斬りかかるか、タイミングを見計らっているのだ。だから、料理や酒に毒を入れることはしないだろう。そもそも、彼のように腕の立つものは、そんなまどろっこしい真似などしないものだ。
 シャーは、一瞬だけ鋭い笑みを浮かべる。緊張感に戸惑う娘達に適当に声を掛けていたが、それもそろそろギリギリかも知れない。スパイスの利いた肉料理を噛み、それを酒で流し込みながら、シャーはそろそろいいかと声を掛けた。
「ところで、ウェイアードさん」
 シャーは、わずかに足を浮かせながら言った。ウェイアードは、酒をわずかに傾けていたが、シャーの方をすっとその鋭い切れ長の瞳で見る。シャーは笑みを刻んだ。
「……アンタのその右手の傷はなんでしょね?」
 ウェイアードは、右手の襟からみえる包帯をちらりと見た。シャーは、再び笑いながら、横に置いていた刀をそうっと左手で持ち上げる。ウェイアードもそばに刀を置いていた。その極端に刀身の曲がった特殊な形状を指さしながら、シャーは敢えて軽い口調で追及する。
「その鎌みたいな妙な形の武器、……この前、オレを襲ったの、アンタでしょ?」
シャーの言葉に、ウェイアードは顔を引きつらせる。
「何の話だ?」
「わからねえというんでしたらわからねえままで結構でござんすよ、ウェイアードの旦那」
 シャーは珍しく絡み口調になっていた。顔色をわずかに変えるウェイアードとは対称的に、シャーはすんだ表情で少し目を細める。真偽を探るようなシャーの目は、赤い灯の下にあるにもかかわらず、何故か青ざめて見える。
「目的はなんだい? 一体オレの何が気にくわなくて、オレを狙った?」
 ウェイアードの手がそうっと例の曲刀にかかっていく。それでもシャーはまだ動かずに、そのまま話を進める。
「オレが何か探り出したのが気に入らないのかい? それとも、オレが、アンタの女遊びに水を差したのが気に入らないのかい?」
「黙れ!」
パッとウェイアードは、むき出しのままだった刀を払った。シャーが座っていた足下向けて、真横にである。
 すでにかかとをあげていたシャーは、難なく後ろに素早く飛び退いた。飛び上がった足の下を、鋼鉄の刃がすり抜けていく。同時に立ち上がったウェイアードや、彼の取り巻き達のせいで、料理が皿ごとひっくりかえった。あの豪奢な絨毯に、ひっくり返った贅沢な料理が、容赦なく飛びかかる。同時に稲光がバッと窓から入った。
 側に侍っていた娘たちが思わず悲鳴をあげていた。取り巻きの一人が短剣を抜いて、シャーの方に飛びかかる。だが、何が起こったのか、シャーがふっと手を動かしただけで、料理の飛び散る床に叩きつけたれた。
「あーあ、天上の楽園と見まごうばかりの料理が……。もったいねえなあ。折角だから、たらふく味わえよ」
 シャーは、床で泡を吹いて気絶している男にそう呼びかけて、片目を閉じた。片手にはすでに刀が無造作にぶら下がっている。いつの間に抜いたのかがよく見えなかったので、取り巻き達の間にわずかな動揺が広がった。
 ウェイアードは秀麗な顔に険しい表情を浮かべている。右手には、例の曲刀を握ったままだ。
 部屋の片隅で妓女二人が抱き合うようにして震えていた。シャーはそちらに目を軽くやる。
「ねえさんたち、はやくお逃げ」
 シャーはそっと妓女二人にささやくように言った。
「ごめんね、恐い目にあわせちゃって」
うおおおお、と雄叫びをあげて、二人ほどが襲いかかってくる。狭い部屋で、長い刀を振り回すのは上策ではない。シャーはするっと一人をかわし、もう一人に足払いをかけた。
 そっと妓女達のいる方にまわり、もう一度言う。
「さ、はやく逃げて…。巻き添えをくわせたら、オレも辛いよ」
 震えながら、娘達はそっとうなずき、急に戒めがとけたかのように、さっと部屋から出ていった。シャーはそれを見届けると、足下の皿を邪魔そうに軽く横に寄せながら、にやりとする。
「さあ、このまんま部屋の中でやらかすのかい? オレはどこでやろうと気にしないぜ…。でも、どうせやるならお前らの好きなところでやろうじゃねえか」
「……なるほどな」
 ウェイアードがようやく声をあげた。
「それじゃあ、お望み通り、移動しようじゃないか。ただし!」


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