街のちょうど灯りの下に、この前と同じような格好をしたウェイアードが立っていた。闇の中の光の元で、すらりと背が高く、顔立ちの整っているウェイアードはひときわ目立つ存在だ。それとはある意味対極の目立たないゼダが後ろの方にいたようだが、ウェイアードに何か申しつけられて、どこかに何か買いにいったようだ。
 シャーはそっとその横を通り過ぎようとする。目の端でちらりと見やったウェイアードの腰には、刀身が極端に湾曲した鎌のような形状の武器がさがっていた。
「ちょっと待てよ。そこの青いの」
 不意にウェイアードは口を開く。通り過ぎようとしていたシャーは足を止めた。サンダルが砂を噛む音がする。
「何の用でしょう?」
 びりびりと漂う緊迫した空気とは裏腹に、シャーの口調自体は、普段と変わらぬものだった。ただ、彼の目は、明らかに普段の彼とは違う様相を浮かべている。それにウェイアードが気づいたかどうかはわからない。ただ、ウェイアードは、端正なつくりの割には、彼自身は少し粗野な所があるような感じだった。
「この前の芸人じゃねえのか、お前」
 ウェイアードは、その綺麗な顔に似合わない言葉遣いで、そういってにやりとした。
「どうだ? 今日はいつものメンバーが一人足りなくて寂しかったところでね、…どうだ、芸人、お前もオレ達と一緒にあそばねえか?」
 そういってウェイアードはくくく、と笑った。ウェイアードの背後にいる取り巻き達も、なぜかにやついていた。彼らは屈強な男共で、腕力には自信がありそうな連中達だった。ウェイアードのボディガードを兼ねた遊び友達なのだろう。
「へぇ、旦那様も太っ腹ですねえ」
 シャーはそう言って刻むように笑った。
「それじゃあ、御相伴に預かりましょうかね…」
「そりゃあよかった」
 ウェイアードはそう言って、右手で剣の柄を叩く。金属的な音が散る。その音を聞きながら、シャーはウェイアードの右手を見た。
 ウェイアードの綺麗な着物の袖口から、しろい新しい包帯が右の手首に巻かれているのが、袖が踊るたびに覗いていた。



妓楼というものは、別にただ妓女と遊ぶだけの場所ではない。そこにいる女性達と遊ぶにもルールがあるし、ただの無頼者は入れない。妓女の方も、それなりの学のある者が多いし、それと遊ぶ方も、ある程度風流を理解していないといけない。
 そんな風流な場所に、彼らのような無頼が集まっているのは少し滑稽だ。美しく整った顔立ちのウェイアードはともあれ、シャーにしてもその手下共にしても、本来ここには似合わない存在だった。
 ウェイアードの側には、二人ほど、美しい女が侍っていた。連れている取り巻きは少なくとも五人ほどで、ゼダの姿は見あたらない。それはそれで良かったのかもしれない。ゼダのような善良で臆病な人間は、こういう荒々しい場にいてはいけない。
 妓女達は、時折お互い話し合っては、笑い声をあげてはいたが、この物々しい雰囲気には薄々気づいているのだろう。その表情がひきつっていることはわかっている。第一、ウェイアードと彼の取り巻き、そしてシャーの間には会話が一度もないのである。この空気に気づかない方がおかしいというものだ。
 遠くから聞こえていた雷が次第に近くなっていた。雨は降ってはいなかったが、やがて時折だが、稲光がパッと窓のほうから差し込んでくるようにもなっていた。その度、娘達はふと笑顔をこわばらせる。この空気でこの状況はかわいそうだ、と、シャーは思った。リーフィなら、雷を見てどんな顔をするだろう。しかし、あの娘なら、恐がらないのかもしれないな。
「さぁすが、マタリア館。おねえさんたちも、きれえだねえ〜〜。ね、今度おつきあいしてよ、ってオレみたいな文無しがいっても駄目だよねえ。オレから見ると、二人とも、天上人ってカンジだもんね」
 シャーが、緊迫感もさらさらない声で妓女達に声を掛けた。普段なら、彼女達はシャーのような男など鼻にもかけないのだろうが、今日は違う。彼の言葉が救いになったのか、二人は思わずホッとした顔になり、「まぁ、お世辞も甚だしいわねえ」とくすくすと笑った。
 目の前に差し出されるのは贅沢な料理とうまい酒。カタスレニアの酒場ではけして出てこないような、そんなごちそうだった。取り巻き共はとにかく、ウェイアードは酒ばかりで料理には手をつけようとしなかったが、シャーは、遠慮なくそれをつまんでは口の中に入れている。
 毒が入っているという危険はおそらくない。仮にそうだとしたら、相手の態度で分かるし、まさか、こんな妓楼でそんな事ができるはずもない。いくらウェイアードが上得意だといっても、人一人がここの料理を食べて死んだとなれば、すぐに店がつぶされてしまうだろう。


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