辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
  

戻る 22.感動

「最初の出会い」

小さな碧色の瞳を、ちらちらと動かして、彼は目の前にあるものを見た。
 無口で引っ込み思案な彼は滅多に話すことがない。木の陰に隠れるようにしながら、前にいるレナルを見上げる。背の高いレナルは、小さな彼からすれば木のように高くて、最初はとても恐かった。人間の世界をずっと旅して帰ってきたレナルは、狼人たちの憧れでもあり、また畏怖される存在でもある。レナルは、他の狼人が火に対して抱いている炎を克服した男だ。辺境で、火への恐怖を克服する事は、英雄に一歩近づくことでもあり、悪魔に一歩近づくことでもある。
レナルは、赤い光の中に座っていた。薪のようなものをその光の中心にくべながら、何か作業をしているようだ。彼の手には、守護輪のようなものがいくつか並んでいる。
 ふと、気配を感じたのか、レナルは立ち上がり、彼の方を向いた。
「なんだ、お前そこにいたのか? ミメルはどうした?」
 レナルは、木の傍に隠れている小さな少年を見た。彼の膝ぐらいしかない小さな狼人は、声をかけられてびくりとしたが、おずおずと外に出てきた。大人しすぎて妖精と間違えられるほどの彼は、大きな目でレナルの方を見た。
 のちにレナルの背を抜く程大きくなる彼も、この頃はまだ小さかった。まるで、子狐のようにたたたと走ってくると、少年はレナルの傍に佇んだ。そして、彼の視線をたどって、見えたものにどきりとする。それは、今まで彼が見たことのある光とは違うものだった。
 ヒカリゴケのように光を発するのに、それはあれのようにうっすらとしたものではない。赤い夕方の空のような光を回りに撒き散らし、それ自身は踊りを踊るように風に揺られて揺らめく。中心黄色く、外側はオレンジの光のようなものが手のように空にむかって手を広げているように見える。
 少年はその不思議なものを取りつかれたようにみていた。
「これ、なに?」
 彼はいつも無口で、人見知りが激しいので滅多に喋らない。珍しく自分から言葉をかけてきたので、レナルは楽しそうに言った。
「なんだ。お前、火に興味があるのか?」
 にこっと笑ったレナルは、ちょっとしゃがんで彼の頭に手をのせた。
「偉いな。俺のとこの連中は恐いっていって逃げちまったんだ。それからくらべると、お前は勇気があるよ。偉い偉い。」
 褒められて少しは嬉しかったのだが、今の少年にはそれよりも目の前の不思議なものが気にかかった。
「あれ、火…?」
「そうだ。」
 少年の碧の瞳に、赤い炎がちらちらと映った。レナルの声が聞こえた。
「全てを燃やし尽くしてしまう恐ろしいものだが、でも、寒いときに身体を暖めてもくれる。人間達がオレに教えてくれた。道具は使いようなんだって。これも同じだな。」
 目の前の炎は暖かくて、小さな踊り子のように動いて、そして、何よりも宝石のように綺麗だった。少年はその美しさの虜になったように、それをずっと見つめている。
「綺麗だろ?」
 レナルにきかれて、少年は彼を見上げながら微笑んだ。
「とてもきれいだ。」
「そっか。」
 レナルは深く頷き、少年の頭をなでた。
「お前は結構度胸が据わってるんだな。大人しいからどうかと思ってたが、お前なかなか強い男になりそうだ。なかなか勇敢だぞ。ファルケン。」
 ファルケンの目の前で、小さな炎は揺らぎながら燃えていた。その消えそうな小さな炎は、花にも宝石にもみえて、とても綺麗に見えた。火が、彼らの中で恐がられていたのは知っていたが、ファルケンは彼らほどすさまじい恐れは抱かなかった。
 ただ、純粋に綺麗だと思って、それに見とれていた。


 それが、彼が火とかかわりながら生きていくことになるきっかけ…。後に『魔幻灯のファルケン』と名前をつけられる彼の、一番最初の炎との出会い。

戻る



©akihiko wataragi