「オレがいうのも何だが、どうせ出世できるなら最初からそちらに行った方がいいぞ。オレなんぞは、どれだけ成功しても少尉になれればそこそこだからな」
「そうかもしれませんが……。オレは意気地のない男ですから、責任をもちたくないだけです」
 ジョシュアは、思わずそんなことをいった。
「ふむ、まったく。つかえない男だ」
 軍曹殿は何となく気のない返事をした。怒鳴りつけられると思っていたジョシュアは、内心意外そうに乾燥した食べ物を口の中に入れた。
 軍曹殿は、恐らくジョシュアの経歴をみんな知っているのだろう。ジョシュアが、大会社の社長の御曹司だということや、わざとエリートコースから外れたのも。ジョシュアのことは、同じ隊の連中の中では有名な話だ。いくら軍曹殿がうわさ話に鈍いといっても、知らないはずはない。
 それは、ジョシュアが、わざと親に反抗しているだけということも。そんな青い理由があることも知っていて、軍曹殿は口にしない。
 男のプライドを大切にする軍曹殿は、他人のプライドも大切にするのだ。
 ジョシュアは、水をふくんで口の中に張り付いた食べ物を喉に流し込んだ。
「とりあえず、明日は、街を探すことから始めましょう」
「そうだな……。このまま行方不明なままで、戦死疑惑や脱走疑惑などかけられたらたまらん」
 何の気もなく夜空を見上げれば、星のきらめきはまるで天蓋にはりついた宝石のようだ。軍曹殿とジョシュアは、なんとなく美しい空の下、無粋な工場探しに思いをはせる。
「というより、どうして救援要請が届かないんですか?」
「仕方がないだろう。……ここの通信機では古すぎて、我が軍の通信機器とかみあわないのだ」
「アナログここにきわまれりですか」
「言うな。切なくなる」
 軍曹殿はこともなげに言って、ごろりと砂の上に寝転がった。
「しかし、綺麗な空だ」
「そうですね」
 そりゃあ、何もないからな。ジョシュアは思う。
 ジョシュアは、少なくとも、星空をみたことがなかった。街の灯が強すぎて、ほとんどの星は姿を消してしまっていたからだ。月が申し訳なさそうにつくりもののように輝いているのが、何となく可愛そうだった。
「昔、アル何とか宮殿にいったことがある。旅行でな」
 突然ぽつりと軍曹殿がいった。
「へえ」
「あそこの天窓にそっくりだ」
 感慨深げな口調に、ジョシュアは、腕組みをする。
「こういうのは何ですが、軍曹殿に言われても、綺麗なイメージがわきません」
 がばあっと軍曹殿が起きあがってきた。
「なんだ、貴様! 上官の思い出を汚すか!」
「いいえ、別にそんなつもりは……」
 ジョシュアは慌てて手を振った。あまり怒らせると厄介だ。案の定、軍曹殿は、思い出がどんなに熱く大切なものなのかを語り始める。

 
 果たして、アル何とか宮殿にある天窓とはそんなに綺麗なモノだろうか。だが、無骨者の軍曹殿がそういうぐらいだから、きっと美しいものなのだろう。


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