ジョシュアの口は自分でも知らないうちに、そう発音していた。
「大尉殿は、ずいぶん低俗なものをお読みになるのですね」
「何! どういう意味だ!」
 ジョシュアは、答えない。大尉がいすから立ち上がりかかったとき、いきなり軍曹殿が声をあげた。
「大尉殿!」
「さっきから何だ、タナカ軍曹」
 大尉がきっと軍曹殿に目を向けるが、軍曹殿はまったく平然としてびしりと敬礼した。
「は、自分、大尉に一つ、おわびしたきことがあります」
「何だ? 早く言え!」
「は、自分、軍律を破りました」
「何だと?」
 大尉は、きょとんとした。いきなり、何を言い出すのかと思ったらしい。軍曹殿は、まじめくさった顔のままだ。
「は、軍律を自分が破ったのであります」
「何をだ!」
 大尉はいらいらとしながら言った。もし、彼が何かやれば、もしかしたら、監督責任を問われるかもしれないからだ。
「それは、大尉殿がお分かりかと」
 いきなり、軍曹殿は、薄ら笑いを浮かべた。普段そうすることがない分、何かそれは底知れぬ笑みだった。
「わからん。何だ?」
「申し訳ございません」
 軍曹殿は、ふと頭を下げた。そして、まじめな顔のままでこういった。
「自分言い方を間違えました。「今から」おわかりになるかと申し上げたかったのであります」
「今から?」
 大尉がきょとんとしたとき、突然軍曹殿の目つきが変わった。
「今から、その身で俺の軍律破りがわかるといっているのだ、この似非大尉が!」
 あっとジョシュアが思ったときはもう遅かった。軍曹殿のこぶしはすでに大尉に飛んでいたのである。ついでに、足も飛んだ気もするが、それは見なかったことにした。
 ともあれ、ジョシュアが瞬きしたときには、大尉の体はいすから壁まで飛んでいた。
「き、貴様、何を」
「オレが再三、部下のプライベートには触れるなといったにもかかわらず、何だ! きけば、他、数名にも、根も葉もない噂をふくらませて嫌がらせをしているというではないか! われわれは貴様の部下であって、貴様のストレス解消の道具ではないわ! いい加減にせんと、手榴弾を足にくくりつけて百メートル走させるぞ!」
 軍曹殿は、息もつがずにそこまでいって、大尉をにらみつけた。
「き、貴様、よくも殴ったな……! 上官への傷害は重罪だ! わかっているのだろうな! 軍法会議に……」
「軍法会議でも、何でもかけろ! オレは逃げも隠れもせんわ! だが」
 軍曹殿は、そういって大尉をにらみつける。心なしか、大尉がびくりと震えた気がした。いや、そうだったのかもしれない。軍曹殿にああやってにらまれると、確かに怖いだろう。あんな剣幕なのだから。
「俺はこの一週間の間で、貴様の不正の証拠をつかんでいるからな。同時に告発してやる!」
 軍曹殿の叫びが高らかに室内に響き渡った。


相変わらず、エンジンの音が続いていた。
「そういえば、そういうことがあったな」
「割と最近のことですがね」


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