だが、ジョシュアがこういう月を見たのは、ここに来てからだった。都会で見る月は、ネオンに消され、摩天楼の背後に、まるで演芸会の背景みたいに張り付いているばかりで、全然魅力がなかった。ただの舞台装置みたいに見えたのだ。
けれど、こんななにもない場所では、月の光は強かった。その明るさだけで、いろんなものが見えるのだから、ジョシュアはちょっとだけ興味を持った。
「月にはウサギがいると郷里では言ったがな」
ふと、軍曹殿がそう言った。ちょっと嬉しそうな声だ。
「ここの月はウサギが見えるぞ、ジョシュア」
「ウサギ?」
ジョシュアはきょとんとして、明るい月を見た。先ほどより、少し光が落ちたのか、月面の模様が少し見える。
「うむ、郷里ではウサギが月にすんでいるというのだ」
「ただの岩石の塊ですよ。アレは。酸素もないし、直接生き物は住めないと思います」
「そんなつまらないことを言うな」
ごくごく現実的なことを言うジョシュアに、軍曹殿は眉をひそめる。
「あの月の海の部分がちょうどウサギに見えるという話なのだ。いわば、見立てということだな」
「へえ、そうですか。でも、どっちかというと、オレにはカニに見えます」
「話を合わせようという気持ちがさらさらない奴だ」
本当に貴様は上官というものを何だと思っているのか。軍曹殿はむっとした顔になるが、ジョシュアはそんなこと知ったことではないのである。
「でも、昼間の青年は知っていたのでしょうか」
「なにをだ」
「月にウサギがいるということですよ」
ジョシュアは、そういってちらりと隣に座るウサギのぬいぐるみを見やった。
「月よりの使者って感じですかね。まあ、今夜送るにはいいかもしれませんが」
「憎むな、殺すな、赦しましょう、というやつか?」
いきなりぽつりと軍曹殿がそんなことをつぶやいた。
「……なにをわけのわからんことを言っているのですか、軍曹殿は。本気で血迷いましたか」
「だ、黙れ! 知らんなら知らんでいい!」
急に恥ずかしそうに軍曹殿がそう怒鳴る。ジョシュアには、もとより意味などさっぱりわからない。
「まあ、でも」
今日の月夜は、妙に静かだ。太陽の光と違って、月の光は熱がない。けれど、時間がゆったりと進んでいくようだ。
月は狂気を呼び覚ますというが、今日の月夜はそうでもない。月の光は、時々ちょっと寂しいところもあるのだが、静かで、どこかほっとするような独特の安堵感を与えてくれることもないわけではないのだ。
「時には、月の夜もいいもんです」
「うむ、貴様もようやく風流がわかったか」
軍曹殿が満足げにそんなことをいうので、ジョシュアは思わず苦笑しそうになった。
……風流心? 軍曹殿に?
「そんなものがどこに収納されているのか」
「何か言ったか!」
「あ、街の光だなあ、といったんです」
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