魔剣呪状26
どさどさどさ、と音を立てて、書類が机からあふれる。それを投げやりにおさえながら、ハダートは頬杖をついていた。
「なるほど。大体の状況はわかったぜ。でも、まだ犯人はわかっちゃいねえとそういうことか」
「ああ。そうだ」
ハダートの前に立っている色黒の大男は憮然としていた。
「協力はありがたいんだが、もっと愛想のいい顔はできねえのかい。メハルさん」
「俺は将軍が協力してやってほしいというから、あんたに協力しているだけだ」
メハルは、そう無愛想に言う。思わずハダートは苦笑した。
「なるほどね。確かにジェアバードの部下だけはあるよ。……あいつの部下は、あいつみたいなやつばっかりで困るぜ」
「将軍は俺達の誇りだ。あんまり失礼なことを言うな」
「そりゃ、失礼しましたね」
メハルににらまれて、ハダートはため息をついた。
「まあ、でも、俺があんたに声をかけたのは、ちょっとした賭けではあったんだがな。ジェアバードのやつは、首を振らなかったが、俺はあんたも怪しいと思ってたんだよ」
「俺が将軍の部下だったってことは、誰から聞いた?」
メハルがそう訊くと、ハダートはにやりとした。
「別に訊くまでもないことさ。大体の役所には、俺の部下が散らばっているのさ。内乱後に限っての話だが、俺に調べられないお役所事情はねえんだよ」
「あんた、もしかして……」
ちらりと、メハルはハダートを横目で見る。
「もしかして、例の将軍じゃねえだろうな。その容貌といい……」
「オレが誰でもどうでもいいことだろう?」
「……もしそうなら、評判とえらく違うな。将軍とも仲が悪いという話だったのに」
「ふん、オレはあいつと違って、生身の自分をさらけ出して生きるほど、度胸がねえのさ。二重生活の利用価値は充分高いしな」
そういって、ハダートは読み終えた書類を机の横のほうに投げ出した。
「まあ、それはいいとして、……ジェアバードのやつが、あんたに限って絶対にそんなことはないと言い張るもんだから、賭けてみたが、本当にあんたじゃねえようでよかったぜ」
「まあ、この場合は疑われても仕方がないか。こういうものを持っている人間も限られてるからな」
メハルは、軽くうなった。そして、腰にある剣を取り出して半分抜く。一官吏の彼が持つにしては、重厚で見事な飾りのついた諸刃の両手剣は、見事すぎるきらいがあった。
「ハルミッドの作だな」
「ああ。ハルミッドの爺さんとは知り合いでな。昔、何かやったときに、気に入られて、一本剣を譲ってもらったことがあったんだよ。で、オレもこれを使えるわけでな。それで、最初事件が起こったとき、まずあの爺さんに何かあったんじゃねえかと思っていたんだが、やっぱりそうだったんだよ。そこで、黒服のジャッキー何とかという男がハルミッドの爺さんを殺したっていう風に弟子がいったのをきいてな」
それで、とメハルは息を継いだ。
「その男を重点的に張ってたつもりなんだが、追っているとどうもおかしい気がしてな」
「おかしい?」
「ああ。どうも、本星じゃねえ気がして、結局、カディンにも目を移すことにしたんだよ。どうも、こう、心証がなあ」
そこまでいって、メハルは、ちらりとハダートのほうに目を向ける。その涼しげな顔に、確信のようなものが見えた気がしたのだ。
「……にしても、その黒服のやつのこと、あんた知ってるな」
「知っているさ。でも、あいつじゃないだろうと踏んでいたがな。それに、もしそうだとしても、あいつには手を出さないほうがいいね。あいつとやると死人が一人二人じゃあすまねえ。まあ、捕まえようなんて思うなら、まず二桁は覚悟しないとな。……それに、俺は少しはやつの性格を知っているが、間違っても、丸腰の市民を切り裂いて喜ぶような男じゃあないよ。あいつが相手をするのは、主に自分の同業者さ。まあ、どっちにしろ、相当あぶねえ性格はしてるがね」
ハダート=サダーシュは、にやつきながらそういった。
「なるほど」
メハルは、軽くうなった。
「まあ、そんなところだろうとおもったがな。それに、大体、俺も、そういうやつにはあまり手を出したくねえ」
「だったらいいじゃねえか。……ああいうやつは、かかわらずにすぱっと忘れるほうが身のためさ。それにしても、さっき心証とかいったな? 一体何を感じてそう思ったんだ?」
ハダートが聞き返すと、彼は大きくうなずいた。
「この事件の犯人てやつの殺し方は、ちょっとおかしい。腕をふるいたいだけの剣士とは思えないところがあるし、怨恨でもなさそうだ。だからといって、殺したくてたまらないやつの犯行というにも、ちょっとなあ。だから、俺もその黒服の話をきいてどうかなと思ったんだよ」
ハダートは小首をかしげた。
「へえ、どういう風におかしい?」
「ただの俺の心証だから、別に証拠も何もねえんだが。確かに、やつは一撃で人を殺してはいるんだが、どうも、その感じが……にえきらねえっていうかな。例の黒服の男は、一流の傭兵だろう。そういうやつが切ったなら、もっと迷いのない打ち込み方をすると思うんだよな」
メハルは、少々考えてから、改めて言った。
「つまり、……確かめてる感じなんだよ。剣の切れ味を。なんとなくしつこく、確信がえられるまで。だから、何人も殺してる、と、そういう感じが……。剣士の試し切りなら、そこまでやる必要はねえはずだ。なにせ、実戦で使うからな、必要以上に剣を痛めつけるのは嫌がるはずなんだ。かといって、意外に冷静みたいだから単にイカレた野郎のやったものとも言い切れねえ」
ハダートは、思わず席を立ち上がる。少々意外な言葉だったのだ。
「この犯人ってえのは、……多分、普段は真剣を振るう機会のないやつだ。おまけに……、どちらかというと……」
「ちょっと待て……。あんたのいうことを、総合して考えると、つまり……」
ハダートはあごをなでやりながら、顔をわずかにしかめた。そこにはまるで考えがいかなかった。てっきり、この事件の目的は、人を斬る事にあるとおもっていたのだから。
「ああ、使う側の人間じゃない」
メハルは、ぽつりと、しかし、確信を秘めた声ではっきりといった。