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魔剣呪状23



 それにしても、まったく、妙な取り合わせになってしまった。シャーは部屋のうちをぐるりと見回して、軽く唸る。
 目の前には、無表情なリーフィと、こちらも、普段はさして表情を変えないジャッキール。
 シャーとしては、なんでこんな奴がここにいるのか、正直よくわからないわけだが、リーフィが助けてあげてというので、むげにもできない。これで、ジャッキールが怪我をしていなかったら、問答無用でたたき出してやるところなのだが、そういうわけにもいかない。
 そして、何故だろうか。ジャッキールがいると、空気が妙に重くなる、というより、冷たい気配がする気がする。いいや、それはどちらかというと、比較的表情の薄い二人がこの部屋にいるからかもしれない。どうやら、そう感じているのはシャーだけらしく、リーフィなどはいたって平気そうだ。
 それに、ジャッキールのほうは、と、シャーは、黙っているジャッキールのほうを見やる。
 ジャッキールは、不機嫌そうな顔ぐらいしかしない男だが、これでもなれると結構人並みに喜怒哀楽を表しているのがわかる方だ。しかし、それをわかるには、まず、彼の周辺に漂う危なげな雰囲気を取り払わなければならないので、初対面ではなかなかわからないことが多いのだが。
 少しだけかかわりを持ったシャーには、それでも何となくわかるのだ。ジャッキールのやつ、今日は妙に表情が柔らかいのである。とはいえ、彼の表情の変化など微々たるものなのだが。その視線の先に、リーフィがいるのは、明白だ。遠慮がちに、ちらりとリーフィに時折視線を送っては、すぐに逸らしている妙に不審なジャッキールに気付いて、シャーは不意に口を開いた。
「しかし、タフな人だね〜。そんだけ斬られてよく動けるな」
「貴様とは精神的鍛錬が違うのだ」
 そういうジャッキールに、シャーは冷淡に言った。
「……頭の基本構造が違うだけじゃない?」
「な、なんだと、それは! どういう意味だ?」
 先ほど、不躾だとか言っていたくせに、ジャッキールは今度は本気で剣を抜きにかかる。使える右手がさっと柄をにぎりかけたのをみて、シャーはあきれたようにいった。
「ホント血の気が多いなあ。もうちょっと血抜いた方がいいんじゃない? あんた、貧血で倒れるぐらいがちょうどいいってば」
「む……」
 ジャッキールは不機嫌そうに唸ると、剣を一度手放した。
「でも、ということは、アンタ、夜な夜な追っかけたり追っかけられたりしてたわけ?」
「昼間は役人がうるさくて出歩けんからな」
「そりゃー、返り血浴びてうろついてれば誰でも……」
「俺ではない!」
 思わずジャッキールの声が高くなった。
「でも、犯人のあとおっかけて、そのたび目撃されてちゃ、疑われたって仕方ないよ」
 シャーは冷たく言った。うっと詰まったジャッキールは歯切れが悪い。
「し、しかし、それ以外に方法がないからだ」
 あまりにもまっすぐな答えに、シャーはため息をついて、横目でじっとりとジャッキールを見た。
「もしかして、ジャッキーちゃん。アンタ、前々からそうかなあって思ってたんだけど……めちゃめちゃ要領悪いの?」
 図星を指され、ジャッキールは、思わず顔色を変えた。
「だだ、だっ、黙れ! 俺は自分に出来る範囲のことをできることからしたまでだ!」
「出来る範囲のことっていっても、探せばあれこれあるじゃない。人を使うとかさあ」
「人を使うだと?」
 ジャッキールは片眉をひくりと動かした。
「そう、金貨の一つでもやりゃー、そのぐらい教えてくれるって。まー、オレは金がないからやらないけど、あんたそこそこ持ってるでしょ?」
 シャーがそういっても、ジャッキールは返事をしない。最初は負け惜しみかとおもったのだが、どうやらそうでもないらしいのだ。
「アレ?」
 シャーは、途端、口元をにやつかせた。彼には、ジャッキールが黙ってしまった理由がわかったのだ。
「アレアレアレ。もしかして、ジャッキーちゃん、やりたくてもそれが出来なかったわけ?」
 そういって、視線を向けると、ジャッキールは、はっきりとそれを逸らした。やはりそうだ。シャーはいよいよ自分の考えの正しさを知る。
「あ、もしかして、お金ないの? ないんだろ? ないんで、人を雇うだけの余裕なかったんでしょ?」
 うぐ、と一瞬はっきりとつまったジャッキールだが、慌てて咳払いをして平静を装う。
「か、金など、俺のような流れ者にはさほど必要のないものだ」
「カッコつけちゃって。結局、オレたち仲間じゃん。無一文仲間てやつ?」
「き、貴様と一緒にするな! 俺は、貴様と違って、仕方なく……! そ、そもそも、俺が職を失ったのは、貴様のせいなのだぞ!」
 ジャッキールは、珍しくあからさまに私情をあらわした。
「そもそも、平和な世の中では、俺たちのような傭兵は雇い主が少ないんだ! 大体、ラゲイラのところは、貴様のせいで辞めざるをえなくなり、ラゲイラの関係するところには近づけなくなったのだ。この上で俺に簡単に働き口が見つかると思うか!」
 後一つ付け加えれば、ジャッキールのような危険な男を雇おうなどと考えるのは、大人物か愚か者ぐらいである。そういう意味でも、ジャッキールは、他の傭兵達より不利であった。
「あーら、逆切れ? そりゃ、ま、ねえ。……いや、いいのよ。あの時、助けてくれたことは俺だってありがたかったしさあ。でも、あんたちょっと人を斬りすぎなのよ」
「……ふん、普通の生活ができないことなど、とうの昔に悟っている。俺にとっては、生きるすべはそれしかないのだ……」
 ジャッキールはそういいきると、剣を腰の横に立てかけた。
「まあ、別にいいぜ、オレは。オレに危害が加わらないなら。そこまで覚悟決めてるなら、オレが突っ込む余地ないし」
 道徳的にちょっと問題はありそうではあるが。シャーは、そんな一言を心の中で呟いた。丸腰の市民には手を出さないだろうから、そのあたりは安心だが、それにしても、相変わらず紙一重な男だ。
「そろそろ、遅くなってきたわね。あなた達もお疲れでしょう?」
 そう声が聞こえ、シャーとジャッキールは、一度話を切った。色々と準備やらなにやらをしていたらしい、リーフィが部屋に戻ってきていった。
「そうだね。そろそろ遅いし」
 シャーが同調するが、よく考えると自分はどうなのだろう。リーフィとジャッキール二人というのは、どうかとは思う。とはいえ、頭の固いジャッキールのことだから、そんな軽薄な真似はしないとは思うが。
「そうね。シャー、あなたもよかったらうちに泊まっていくといいわ」
「え、マジ、ホント?」
 思わぬ言葉に、シャーは思わず立ち上がった。
「もう遅いし、私もあなたがいてくれるほうが安心だわ。ほら、追っ手が来たら、私だけでは言いつくろえないとおもうの」
「そ、そう? それじゃあ、お言葉に甘えて」
 シャーは、へらへら笑いながら答えた。さすがに今から家に帰るのも、妙にだるいところがあったし、曲がりなりにもリーフィの家に泊まれるわけなので、シャーとしては願ってもないことだった。まあ、一人黒くて鬱陶しい邪魔者がいるわけだが。
「それじゃ、ちょっとこっちの部屋から毛布とってくるわね」
 リーフィがそういって、もう一つある小さな部屋に消えていくのを見送りながら、シャーは、妙ににまにました顔で呟いた。
「えへへ、曲がりなりにも一つの屋根の下ってことねえ。なんか進歩じゃない、オレ」
 二人っきりでないうえに、リーフィの口調が色気のさっぱりない雑魚寝を宣言していた気もするが、まあ、それは置いておこう。
「……別の部屋は基本だよね。うん。でも、まあ、もしかしたら、何か……」
 淡い期待を口にしながら、シャーが顔をゆるめたとき、いきなり後ろから声が聞こえた。
「……貴様あ! 何を不埒なことを考えているか!」
 シャーの独り言を聞きとがめたのか、いきなりジャッキールが声をあげたのである。
「貧血起こすよジャッキーちゃん。けが人は大人しくねてればあ?」
「貴様の発言は、聞き捨てならん!」
「なんだ、この人斬り男。自分だけくつろぎやがって!」
 シャーは、案外嫉妬深い男である。しかも、女性の方には事実を知るのが恐くて真相すら確かめられないので、相手の野郎に怒りの矛先が向くあたり、よしあしはともあれ、とにかくそういうところにはだめな男なのだ。
 久しぶりに、その病気が顔をだしたのか、シャーの口調はやたらと妬ましげだ。
「……シャー、彼はけがをしているんだから、もう少し優しくしてあげないと」
 ふと、リーフィの声が向こうから聞こえた。シャーの声に、何か喧嘩しているらしいことをしったのだろうか。
「リーフィちゃん。大丈夫。コイツは、殺しても死なないから。黒くて丈夫で鬱陶しいところは、何かとそっくりだな。オッサン」
「鬱陶しいだと! それだけは、貴様にだけは言われたくないぞ!」
 さすがにシャーに言われるのは、ジャッキールも傷つくのかもしれない。リーフィは、一度ひょいと顔を出した。なにやら、険悪なのだか、どうなのかわからない雰囲気だ。だが、何となくそれにほほえましさを感じて、リーフィはくすりと笑うと、再び部屋に姿をけした。シャーとジャッキール、といえば、リーフィが顔を出したことにも気付いていない。
「大体、いーじゃんか、オレが何やってもあんたに関係ないわけだし、それに」
 と言いかけて、シャーは、思わず絶句した。さっと部屋に銀色の光が薄く流れたのである。ジャッキールは、使える方の右手で、剣を握っていたのだ。さすがにシャーの笑みが強張った。
「……な、何抜いてるんだよ」
 だが、ジャッキールの顔は本気だ。ぎらつく美しい剣を、使える右手だけで握りながら彼は言った。
「この期に及んで不逞を働くなど、俺は許さんぞ、アズラーッド!」
 さすがにジャッキールだ。本気でにらまれると、こんな、ともすれば笑える事態なのに、ざーっと背筋に悪寒が走る。ジャッキールは、真剣な顔をしたまま、低い声で言った。
「あの婦人に不埒なことをしたら、問答無用で俺が斬る!」
「な、何、そのマジな顔は……。アンタ、普段相手斬ってる時でもそんな顔しねえくせに」
 シャーは、迫る鬼気をはらいのけるように、少々面食らった様子で言った。
「黙れ! あの婦人には絶対手を出させん!」
 ほんの少しだけ、顔を赤らめつつそんなことを言うジャッキールの目は、それでもこれ以上ないぐらいに真剣だ。こんなジャッキールの顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。戦っている時、ジャッキールの方は、いつもどこか余裕があることが多いのだ。だが、目の前にいる今のジャッキールには、そういういうものが一切ない。おまけに、それが怪我のせいでないことがすぐにわかるあたり、シャーは笑いをこらえるのに必死になった。
 まったく、どこまで頭の固い奴なんだか。
「……なんでえ、若者の健全なお付き合いを邪魔するつもりか、このオヤジ!」
 半笑いで、わざと乱暴なものの言い方をするシャーに、ジャッキールは予想通り噛み付いてきた。
「何が健全だ! 貴様の如き、精神きわめて下劣な輩が何を健全な付き合いだ? あのような美しく清楚な娘を前に、よくもそのような不謹慎な……」
「ちょ、ちょっと待った……」
 自分で仕掛けたくせに、シャーはもてあまし気味に手を振った。
「あのねえ、ジャキジャキ。正直、言い方がガチガチすぎてなにいってんのかわかんない。噛み砕いていってくれる?」
「あら、何か楽しそうね」
 ふと声が聞こえ、いつのまにやらリーフィがそこに立っていた。この娘も、何となく気配が薄いというか、気がついたらそこに立っている感じである。
 シャーはともあれ、ジャッキールのほうは驚いたせいか、上官の前の武官みたいな直立姿勢になった。何せ、ジャッキールの右手には、ばっちり剣がおさめられている。先ほどシャーに、こんなところで剣を抜くのは礼を失するとかいった手前もあり、それを慌てて隠すようにしていた。リーフィの視線を受けて、なれない微笑を浮かべる様は、笑えるを通り越して、ちょっとだけ哀れになるところもある。
(ったく、マジメに反応しやがって! アンタが心配しなくても……。リーフィちゃんは、アレで、中身が下手な男より、妙に男らしいから。ふっつーに雑魚寝しましょうっていう男らしい宣言だよ、アレ)
 シャーはそういって、やれやれとため息をついた。ライバルになるのかどうだかしらないが、またリーフィの周りに厄介な虫がついたのは確かなようである。いや、虫というより、むしろ狂犬でいいかもしれない。しかも、ゼダとは違う方向で妙に扱いづらい……。





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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。