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エルリーク暗殺指令-1



 
 その男は黒い衣服を着て、まるで死神のようだった。
 
 *

 怒号が建物の中に響き渡っていた。そして、彼女はその黒い服の男を見た。
 彼女は、その時死神を見たのだと、疑いもなくそう思っていた。

 先ほどまで、彼女を所有し、そして傷つけようとしていた男は、すでにその男に肩先から切り倒されていた。絶命して、石畳の上に無残に転がっているのは、すでにモノでしかない。
 黒服の男は共に入ってきた兵隊達の隊長らしく、他の部屋を制圧するべく厳しい声で命令を飛ばし、彼女にまだ気づいてもいなかった。
 彼女は、しがない奴隷娘だった。
 ここに来たのは、売りに出される時に馬車ごと、目の前に転がっている男にさらわれてきたからだ。一緒にさらわれてきたお姉さんと慕っていた娘たちは、ひとりひとり、ある日突然姿を見なくなり、最後に残ったのが、か細く小さな彼女だった。
 そして、とうとう年端もいかず売れ残った彼女に手を出そうとしたのだ。そのころには、彼女もお姉さんたちがどうなったか予想がついていた。あるものは男に弄ばれた後に売り飛ばされ、あるものはおそらく殺されている。
 男は彼女の衣服を引き裂いた。彼女はあきらめ半分だった。
 ここで生きていたって、何もいいことはない。暗い石造りの城の中に閉じ込められて、毎日毎日日も当たらぬ場所で生かされているだけだ。どうなったって、別に何も変わりはしない。
 そんなとき、その黒い服の男達が男の住処に押し入ってきたのだった。
 彼女の主人であった男は慌てて武器を取り、踏み入ってきた彼に相対した。しかし、黒服の男は、まさに死神のような男だった。
 一瞬だけ、白い冷たい光が走ったのが見えた。彼女には見えなかったが、その瞬間で、男はすでに斬り倒されていたのだ。それはあまりにも鮮やかだった。
 その時、彼女は、その黒服の男に殺されるのだと思った。
 しかし、同時にそれが取り立てて不幸なこととも思えなかった。目の前で転がる、酒臭い主人に殺されるよりは、きっと楽に殺してくれるのだと思った。男の白い顔は、冷徹そのものだったが同時に意外にも美しく整っていた。それがより彼女に死神を想起させた。
 それなら、いいかと思った。醜いものに殺されるより、綺麗なものに殺された方がまだいい。
 床の上では、先ほどの乱入の時に床に落とされたランプから油が漏れて、ちらちらと燃えていた。
 その時、その光に男は目を留め、彼女に初めて気づいた。男は彼女の方に目を向けて、かすかに目を見開いた。
 彼女は、ああ、とうとう死ぬのだと思った。
 男は無言で彼女を見た後、ゆっくり黒いマントを揺らせてこちらに歩いてきた。
 その手には、まだ血糊のついた白刃が握られていた。あれが振り下ろされれば、きっと自分は――。
 彼女が目を閉じた瞬間、ふと、ふわりと何かが肩から掛けられた。男のマントをかぶせられたのだということは、彼女にはよくわからなかった。驚いて顔を上げると、男が気遣わしげに彼女を見やっていた。その視線は存外に優しかった。じっと見上げていると、彼は少し眉根を寄せて目を伏せた。
 そして、彼は血の付いていない左手で、遠慮がちにそっと彼女の頬に触れた。
「大丈夫か?」
 唇が開かれて飛び出た男の声は、彼女の予想したものと違っていた。彼女は顔を上げ、恐る恐る男を見上げた。
「どこか、怪我はないか?」
 そう尋ねる彼の手は、血の通わぬような精密に整った顔とは裏腹に温かかった。


 *

 よく晴れた日だった。
 日光が苦手なジャッキールは、目を眇めてため息をつく。あきれるほどに空は青く高い。
「しかし、酷いもんでさ」
 雇い主の一人である奴隷商の男が、不意にそんな話をふっかけてきた。
「回収できたのは、男の奴隷が数名とあのコムスメだけとはねえ。他の上玉は売り飛ばすか殺すかしちまいやがって、ロクな奴じゃねえ。ねえ、旦那」
「そうか」
 ジャッキールは、上の空で奴隷商人の話を聞いていた。
 この石でできた古城に、あの男を頭目とする追いはぎが住んでいた。彼らは通りがかった奴隷商を襲い、その奴隷を奪って好き勝手していた悪名高い連中だった。ジャッキールは、狙われていた奴隷商たちに頼まれて追いはぎを討伐しに来た傭兵隊の一員としてここを訪れていた。彼は隊長として雇われていた為、実質的に今ここにいる一団の中で一番権力を持つ人間でもあった。
 ジャッキールにとって、この仕事は気の乗らない仕事だった。どちらにしろ人買いだ。奴隷商人の為に一仕事するのは普段の彼なら断っている筈だったが、今回は別の仕事で世話になっている商人を通じて頼まれたこともあり、断り切れずに嫌々来たのだ。
(やはり来なければよかった)
 ジャッキールは、暗澹たる気持ちになっていた。地下室には殺された女の死体が折り重なって異臭を放っていた。ここで何が行われたのかは考えるまでもなく察せられることだった。ジャッキールは考えるのをとうにやめていたが、頭の片隅でちらついて気分が重かった。
 傭兵の仕事にはこういうこともある。どうせ、カタギの仕事じゃない。社会の暗部も知っているし、今更きれいごとをいうつもりはなかったが、こういう仕事は気が重い。どうも自分には合わない。
 ただ一人無事だったのは、あの小さくて貧弱な娘だけだが、あの娘だってどうなるか。どうせ幸せな未来など待っていない。
 視線をちらりと向けると、その娘が座り込んでいた。逃げないように足かせをはめられていたが、別に逃亡するつもりもないのだろう。彼女はただこちらをみていた。
 みすぼらしい娘だった。痩せて汚れていて、けれど視線だけが異常に強い。ただジャッキールをまっすぐに見ていたが、その視線はいったい何を意味しているのだろう。いや、意味などない。ただ、あの娘は自分を見ているだけのことなのだ。
「あの娘、どうする?」
 ジャッキールは、何故かそんなことを自然と尋ねていた。
「どうするって、そりゃあ売ることにはなるでしょうが」
 でもねえ、と奴隷商は渋い顔だ。
「でも、みすぼらしい娘ですからね。顔はまあかわいいから、磨けば上玉になるかもしれませんが、チビだしがりがりだしで、あの体格じゃあねえ。買い手がついても安く買い叩かれると思いますよ。あんなチビ買って傍に置くような男は、それこそスキモノしか……」
「いくらだ」
 ふと彼はぶっきらぼうに言った。
 いきなりのことに奴隷商はきょとんとした。彼はやや不機嫌に彼に視線を向けずに急かす。
「言い値で買う。いくらだ?」
「へ? あ、っ、いや」
 奴隷商は慌てて愛想笑いを作った。
「いやあ、ダンナもなかなかスキモノ……、いえ、風流人ですね。えへへへ」
 ジャッキールは、黙って懐から財布を取り出した。奴隷商はすでにそろばんを弾きかけていた。
 自分たちが何を話しているのかも、彼女は知らないのだろう。ただ、彼女はジャッキールの方を見ているだけ。その視線は、刺すように痛い。
(やはり、俺はここに来てはいけなかった)
 ジャッキールは、深くため息をつき、青い空にただそう思うばかりだった。 彼にはその青空も太陽の光もまぶしすぎた。あの少女の視線と同じぐらい。

 
 少女は、ただ彼を物珍しそうに見ていた。
 彼女にとって、その黒服の男は理解しがたい存在にすぎなかった。あんな死神のように冷酷に、あの男を斬殺しておきながら、何故自分などに優しい声をかけたのか。
 男のかけてくれたマントに包まったまま、彼女は彼を眺めていた。それは、彼女にはかぎなれない洗濯石鹸と、微かに煙草の香りがする。
(あのひとは死神なのに……、なんでだろう)
 もっと、砂埃と血の匂いが染みついているのだと思っていたのに。何故、穏やかな日常の香りがするのだろう。彼自身からは、血の気配しかしないのに。
 その矛盾が、彼女にその男を注目させた。
 しかし、彼女とて自分の身分はわかっていた。逃げるつもりも気力もなかったが、足枷をはめられているのをみれば、またどこかに売られるのだろうなと見当はつく。彼女も彼がそれ以上助けてくれるとは思っていない。
 その時までは、そう思っていた。
 しかし、――なにやら奴隷商と彼が話し始めてから不思議なことが起こった。男は奴隷商にいくらかのまとまった金を渡したように見えた。
 報酬をもらうのは逆なのに。何か買ったのかな。と思った。奴隷を買ったにしても、自分ではないとおもっていた。それなのに、奴隷商は彼女のもとにやってきた。
「急な話だが、お前の貰い手が決まったぜ。あのお方が新しいご主人様だ」
「あたしの?」
 きょとんとして奴隷商を見上げる。彼が指し示したのは、あの黒服の男だ。目を瞬かせる彼女に、奴隷商は小声で吹き込んだ。
「いいか。せいぜい、あの旦那の気を損ねないように気をつけな。なんせあの旦那、見かけは色男だが、相当イカレた男ってことで有名だからよ。まさか女の趣味もイカレてるとは思わなかったがな」
 そんな余計なことを吹き込んでいるのに気付いたのか、黒服の男の方が彼女の方に足を進めてきた。奴隷商は慌てて口を噤んだ。
「枷を外す鍵は?」
「あ、へえへえ。えっと、確かこれで……」
 奴隷商は慌てて彼に鍵を渡す。男は、それを受け取ると跪いて足枷を外してくれた。
 彼女は、きょとんと彼を見上げた。
「あたし、どこかに行くのね?」
「いや……」
 枷を外されるのは移動するときだけだから、そんな風に尋ねてみると男は首を振る。相変わらず冷たい感じの面差しであったが、その表情がどこか悲しげでもあった。
「お前に少し話をしなければならない。私の話をきけ」
 目を瞬かせながら、男を見上げる。男は彼女と視線を合わせるように跪くような姿勢になっていた。こんなのを、どこかで見たことがある。おとぎ話のお姫様の前で、確か従者がかしずく。けれど、彼女には縁遠い場面で、何だか変な気分だった。
「私がお前を買った」
「貴方があたしを買った? それでは、貴方がご主人様になるのね? 何をすればいいの?」
「何もしなくていい」
 男の返事は意外だった。
「私は、お前の主人になるつもりはないのだ」
「じゃあ、またあたし、誰かに売られるの?」
「そのつもりもない」
 彼女は、その返答が理解できなかった。きょとんとしている彼女に、男は静かに告げた。
「私はお前を解放したい。しかし、小さなお前が一人で生きていけないことも承知の上だ。だから、街に出て、お前の働き先を一緒に探してやる。それまでの間、お前と一緒にいる」
「解放?」
「解放奴隷にするということだ。聞いたことはあるだろう」
 彼女は頷いた。けれど、男の話は、彼女には実感の伴わない話だった。嘘をついているのだろうかとすら思ったが、男の目は意外にも澄んでいた。
「私の名はジャッキールという」
 彼はそういって、ふと一息ついた。
「自由になりたければ、私と一緒に来るがいい。しかし、強制はしない。お前が自由に決めていい」
「自由?」
 彼女はきょとんとした。彼女には、今まで与えられたことのない響きだ。ただ、彼女は、その男自身に興味を持った。
「貴方は、ジャッキール様」
「そうだ。しかし様づけには及ばん」
 随分堅苦しい喋り方をする人なのだな、と彼女は思い、それでふいに笑みが浮かんでしまう。男は、ふと小首をかしげた。
「お前は? 名は何という」
「名前は……、メイシアって呼ばれてた」
 少し考えた後そう答え、でも、と彼女はつづけた。
「でも?」
 そう反芻してジャッキールは、彼女の言葉の続きを待つ。
 と、そこにふいに声が割り込んできた。
「エーリッヒではありませんか」
 その声に邪魔をされ、彼は不快そうに立ち上がり、背後に目をやった。
 そこには数人の男たちに取り囲まれて立っている優雅な雰囲気の人物が立っていた。その人物を女性ではないかと思ったほど、中性的な雰囲気の人物だった。肩までの黒髪をきっちりと切りそろえていて、綺麗で優雅な顔立ちをしていた。その人物は、ジャッキールをみて笑みをこぼした。
「エーリッヒ、さすがのご活躍だったようですね。貴方の戦っている様が見られなくて残念です」
 丁寧な言葉遣いだが、どこか慇懃無礼な感じさえ漂っている。ジャッキールは不快さを隠さない。
「リリエス。貴様、何をしにきた」
「ふふ、この周辺には地縁がありましてね……。この奴隷商たちと知り合いなのですよ。盗賊狩りで助かった奴隷を売買先に送る仕事を請け負うつもりできましたが、貴方がいるとはね。相変わらず、綺麗な顔のままのようで本当になによりです」
 リリエスは紅い唇をゆがめ、微かに瞳に陶酔の色を乗せた。
「その美しい顔で、無慈悲に戦場で人を斬る貴方が、私は何よりも気に入っているのですから」
「戯言を! 黙れ、リリエス!」
 ジャッキールは眉根を寄せて、きっと彼を睨み付ける。その視線には、殺意のようなものがこもっていた。
「俺は今日は機嫌が悪い! これ以上、俺の視界に入るなら殺す」
 ジャッキールの手が自然と腰の剣にかかっていた。リリエスは肩をすくめる。
「はは、相変わらず血の気が多いのですね。今日は貴方と争うつもりはありません」
 そういって彼はきびすをかえそうとして、ふと少女に目を留めた。ジャッキールの黒いマントに包まり、彼の背後に隠れるようにしている小汚い娘に、リリエスはことのほか興味を覚えたようだった。
「おや、珍しいですね。貴方が子供連れとは? ……まさか、奴隷商から買ったのですか?」
 リリエスは、口を覆って笑った。視線を向けられ、反射的に彼女はジャッキールの影に隠れる。
「これは驚いた。貴方にそんな趣味があったとは……。ふふ、その娘、倍の値段で買ってあげても良いですよ。貴方がわざわざ選んだ娘ですし、私も興味があります」
 リリエスはそういって、切れ長の目を彼女に向けた。 その目には何か奇妙な執着めいたものが滲んでいて、彼女は思わず怖くなってジャッキールの服の裾を掴む。
「どうです? どうせ、旅の身の貴方では女の子なんか育てられないのでしょう? 悪くない話ですよ」
 リリエスは目を眇め、曰くありげに付け加える。
「いえ、貴方の”趣味”で連れまわすというのなら口出ししませんよ。貴方に年端のいかぬ娘を抱く趣味があるのな……」
「リリエス」
 リリエスの言葉を遮ったジャッキールの低く抑えた声には、怒りがこもっていた。
「早く俺の目の前から去れ。これ以上もたもたしているようなら、本当に殺す」
 ふっとリリエスは苦笑した。
「律儀な貴方にそう宣言されてはたまりません。いいですよ。そのお嬢さんの話は、またしましょう」
 そういうと、彼は部下たちを連れて去っていった。彼女は、ジャッキールの背にまだしがみついていた。
「すまなかったな。余計な邪魔が入った」
 ジャッキールは、ふとため息をついて彼女に向き直った。先ほどまで怖いぐらいの殺気をまき散らしていたジャッキールは、そうして彼女に視線を向けた時には、幾分か穏やかになっていた。
「ああ、名前をきいていたのだな。メイシアと?」
「そう……」
 ジャッキールに促され、少女は慌てて答えた。
「そう、メイシア。……でも、それは前のご主人につけられた名前だから……」
 ジャッキールは、彼女が何を言わんとしているかをまだ理解できない。きょとんとした彼にもどかしげに彼女はつづけた。
「できたら、貴方にも名前を付けてほしい」
 彼が思わぬ願いに、戸惑った顔をしたのを彼女はよく覚えている。
 それがあの、死神みたいに人を殺した人間と同じ人間だと思えなくて思わず彼女は笑ってしまった。
 その笑顔を、何故か彼はまぶしげに、少し困ったように見つめていた。

 

 *

「メイシア=ローゼマリー」
 ふいに背後からそう名前を呼ばれた。
 しかし、彼女はすぐに振り返らなかった。
 彼女の目の前には、屈強な男が一人剣を握って立ちはだかっている。追いつめられているのか、男の表情は硬い。
「くそ、小娘がっ!」
 破れかぶれに男が彼女におそいかかる。しかし、目の前から迫る屈強な男の、大ぶりな剣の攻撃をかわし、宙でくるりと回転して彼女は男の側面に回り、顔面を蹴りつけた。
 男が大きく体を傾がせ、彼女はそのまま容赦なく剣の柄を脇腹に埋める。その一撃で男は声もなく地面に突っ伏した。
「本当に手こずらせるんだから!」
 気絶している男を取り出した縄でちゃっちゃと縛り上げながら、彼女はため息をついた。
「まったく、攻撃が甘いのよ。あたしを女だからって舐めた罰だわ」
 少女は、そういって腰の鞘に剣を収める。片刃の剣を使っているが、あまり反りがない。
 ぱちぱちと拍手の音が聞こえ、少女はきっと振り返る。
 年齢は、まだ十六かその前後。大きな瞳に長い黒髪をいくつか三つ編みにして、頭の上でまとめてある。どちらかというと幼さを感じさせる顔立ちだが、気の強さもうかがわせる。なかなかに可愛らしい顔立ちで、言ってみれば美少女の部類だが、少女の甘さに欠けていて野性的でもあった。
「はは。流石ですね、ローゼ」
 そう相手に呼ばれて、少女、メイシアはあからさまに嫌な顔をした。
「その名前を呼ばないで頂戴。あたしのこと、ローゼって呼んでいいのは、隊長だけよ」
「ふふ、まだそのようなことを言っているのですね、メイシア」
 メイシアは、相手を睨み付けるが、彼は構わず言った。
「エーリッヒが死んでからもう五年以上経つというのに、まだそのようなことを言っているのです?」
 かつてと変わらぬ中性的な面差しの人物は、ゆったりとした優雅な服を着てきらびやかに飾り立てていた。肩で几帳面に切りそろえた髪の毛に、紅い唇をした美しい男。
「しつこいのね、リリエス=フォミカ」
 敢えて男の本名を呼ぶ。いつも従者を連れて歩いていることの多い男は、小規模ながら地方領主だった。
 しかし、今は彼女も彼の本性を知っている。彼は領主でありながら、実際は闇組織を所持している。表向き、警護の仕事などを請け負っていたが、裏では暗殺の仕事など非合法なものに相当手を染めている。そのことはよく知られていた。
「言っておくけれど、あたし、あんたの仕事を受ける気はないわ。こいつみたいなコソ泥の賞金稼ぎをしてるだけで、御足は十分なんだもの」
 メイシアは、三つ編みにして高くまとめている髪の毛をさらりと振り払った。
「大体、あんたの仕事は暗殺が中心なんでしょ」
 メイシアは、そういうと振り返ってリリエスを睨み付けた。
「あたしは、剣を殺しには使わないつもりなの」
「エーリッヒが言ったからでしょう? 殺しに自分の教えた剣を使うなと」
 そういわれて、メイシアははたと手を止める。
「ふふ、彼は死ぬ前に貴方を見捨てていったというのに、けなげですね」
「隊長は、あたしを見捨てたりしてない!」
 メイシアは、きっとリリエスを睨み付ける。
「隊長だって理由があったのよ。あたしはそのことを知ってる! 隊長を悪くいうなら、あんたでも許さないわ!」
「ははは、相変わらず、エーリッヒのことが好きなのですねえ、メイシア」
 メイシアの怒りを受け流すようにして、リリエスは苦笑した。
「今度の仕事で、エーリッヒと会えるかもしれないといっても、あなたは受けるつもりがないのですか?」
「えっ?」
 不意にそんなことを言われて、メイシアは栗色の瞳を大きく見開いた。
「た、隊長と……」
「ええ、エーリッヒの居所がわかりました。彼が生存していることもね。正気かどうかはしりませんが、そこにいけば」
 リリエスは、彼女に近づきながら紅い唇をゆがめた。
「彼には会える」
「ど、どこ?」
 メイシアは、慌てて尋ねた。
「隊長はどこにいるの?」
「知りたいですか?」
 くすりとリリエスは笑う。
「それなら、私の仕事を受けてくれれば、一緒に連れて行ってあげましょう」
 そういって、リリエスは懐から丁寧に折られた紙を差し出した。メイシアはそれを広げてみる。
 そこには、一人の男の似顔絵らしきものが描かれていた。正面を向いて描かれている男は、まだ若いようだった。痩せていて、到底強そうでもなさそうだ。特筆すべきは、目。大きなどんぐり眼をしているが、それが極端に三白眼。目つきはあまりよくない。
「これは誰?」
「その男は、シャー=ルギィズと名乗っている男です。街で浮浪の生活をしているそうですが、実は大変剣の腕が立つ。あなたの今度の標的です」
「腕が立つねえ。なんだか、間抜けそうな男だけど、ホントかしらね」
 メイシアは、率直に感想を述べた。到底、強そうな男にも思えない。
「この男を殺せってこと?」
「殺すのが嫌だというのなら、生け捕りでもかまいませんよ」
 リリエスは、にこりと愛想よく笑う。
「それなら、エーリッヒの教えにも歯向かわないものでしょう?」
 メイシアはしばらくその紙切れを見た後、リリエスの顔を見た。
「場所は?」
 リリエスは、その言葉をきいて満足げに笑った。
「ザファルバーンの王都、カーラマンですよ」

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