シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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シャルル=ダ・フールの暗殺:番外編

路上の貴公子 ( 心配の種 )

「何いっ! 殿下が行方不明だとう!」
 焦った口調で叫んでいるのは、シャルルを教育した宰相のカッファ=アルシールである。その場には、カッファと七部将のうちの三人の将軍が呼ばれていた。元々、軍人出身のカッファは、文官よりも武官の方が親交があった。
「今日だけは捕まえておくといったではないか、ゼハーヴ!」
「すまん」
 そういうのは、七部将の統括者であるゼハーヴ将軍である。少ししろいものが混じってロマンスグレーになった頭髪を丁寧にオールバックにまとめている彼は、まじめそうな顔をカッファに向けた。
「どうやら、目を離した隙に壁の穴から逃げられたらしく…。いや、まさかアレを通り抜けるとは思わず…」
「殿下は細いからな…。狭い穴からも抜け出せる。ああ、もう少し太らせておけばよかった!」
 よくわからない後悔をしながら、カッファは頭を抱える。
「追いかけたがどうやら街の中に入られたようで…」
 ゼハーヴが申し訳なさそうにいい、カッファはカッファでううむと唸った。
「街の中に入られたら、もう居場所は特定できないぜ。あの人のシマだもんな」
 思わずぼそりと聞こえないように小声で言ったのは、将軍のハダートだ。顔はいわゆる美形の域に入るのだが、その言葉はごろつきのそれである。態度も何となく不良だが、髪の毛が銀髪なところをみると、元々この国の出身ではないらしかった。一方、横に並んでいたジートリューは、燃えるような赤毛の男である。こちらはいかにもといった武官の容貌をしている。
深く頷いて、やはり小声で返す。
「そりゃそうだ。あの方は、あの辺の小道には異様に詳しい。この前兵士が追いかけたら、屋根の上を飛んで走って逃げていったらしいぞ」
「へー、あの人、あれで運動神経だけはいいからな」
 それを聞きとがめたのか、年長者のゼハーヴ将軍が咳払いをして、軽く視線をやる。二人の将軍は、目を天井のほうに向けて知らぬ振りをした。ゼハーヴは、目をカッファに戻す。
「こうなれば、仕方があるまい。外出予定だったレビ王子に頼み込んで代わりを…」
「い、いや、その、今朝からレビ様もいらっしゃられないのだ。…あのサーヴァンの娘が風邪を引いたとかなんとかで、少々見舞いにいってらっしゃるのだが…」
 カッファは汗をたらしながら言った。
「まさか、殿下があんな脱走の仕方をするとは思わず、今朝…」
 それをきいて、途端にやついたのは勘の鋭いハダートである。
「へえ、あの王子やるねえ」
「む、しかしよく考えれば、レビ殿下も元から病身ではなかったのか」
「恋する男の一念じゃねえの?」
「なるほど。ますます、哀れだな、あの三白眼」
「だなー。腐れていても、哀れは哀れだ。それとも、もう新しい恋でも見つけたかね〜」
「こらっ! お前達、私語は慎むように!」
「はっ! 申し訳ございませぬ!」
 とうとうゼハーヴにいわれ、ハダートとジートリューは、声をそろえて返事をすると、両手を組んでザファルバーン式の敬礼を返す。三十台も半ばをすぎて、おまけにすでに家庭をもっているというのに、まるで士官学校の学生のようだ。叱られなれている分、たちが悪い。
「まぁいい。とりあえず、こっちの方でごまかすから、レビ様には早く帰っていただけるようにこちらから連絡を」
「それまでに代わりをたてたらどうだろうか。どうせ、レビ様とシャルル様は全然似ておられないのだし。この中で誰かが陛下の振りをするというのはどうだろうか」
 ゼハーヴがそう進言する。
「だが、この中でというと、どう考えてもハダートしか…」
 カッファが横目でハダートを見やる。割合に色男でおまけに北方の顔立ちをしているハダートとシャーとはえらいちがいだが、この中では比較的ほっそりしていて体格が近い。それに、一番若いはずなのだ。
 だが、そういわれた瞬間、即座にハダートの顔色が変わった。
「オレは嫌ですよ。大体、この国に銀髪の国王がいるわきゃないでしょうが!」
「かつらを被れば何とか!」
「あの腐れ三白眼の真似するなんて、冗談じゃありませんよ!」
「陛下をそういう風に呼ぶなっ! いつもいつもお前ら二人は!」
「真実を述べるのは、罪ではありません! それこそ、人間の美徳というものでしょうが!」
「身分が違うわ! 大体、貴様言っている事がおかしいぞ!」
「ハダート、いまだ! 全部言ってしまえ!」
 何かと騒ぐ将軍達を見ながら、カッファは、深いため息をつく。
「わかった! レビ様に早く戻ってもらうように連絡をする!」
 だが、それもきいていないのか将軍達はまだ騒いでいる。カッファは、これから先の仕事を思い浮かべてげんなりとするのだった。


 街を歩きながら、青年はふうと息をつく。どちらかというと白い顔に巻き毛の黒髪がおちている。
「さすがに病み上がりで街というのはきついものだな」
 黒髪の美しい巻き毛に、大きな瞳。白い肌はあまり健康的とは思えないが、それでもそれが余計に高貴な出の人間であることをかもし出している。レビ=ダミアス=アスラントルは、兄とはいえ、厳密に言うとおそらくシャルルと一年も違わない。せいぜい八ヶ月といったところだ。だから、兄上と、シャルルは呼んでいるが、実際はシャルルの方が兄貴のように面倒を見ていることがある。
 特に、体が弱く、どちらかというと世間知らずなレビに対してなので、元々兄貴肌のシャーは何かと面倒を見てしまうのであるが、レビのほうはそういう自覚は全くといっていいほどなかった。
 持った花束をばさりと置いて、彼は広場に腰を下ろす。随分と寂れた広場だとおもいながら、レビは頭をめぐらせた。あちらこちらに、得体の知れない酔っ払い連中がごろごろ寝ていたりするが、あれはどういう人たちだろうか。
「馬車も見えないし、すっかり迷ってしまった。…シャルルに道を聞いておけばよかったな」
 ため息をついて、彼は腰に下げた剣を何となくなぞった。こうなったからには仕方がない。その辺で寝ている人を申し訳ないが起こして、話を聞いてもらおうか。
 レビがそう思ったとき、不意に路地裏から黄色い悲鳴が沸き起こった。はっとして立ち上がる。そちらに向かうと、ちょうど人相の悪い男たちに若い娘が絡まれているところだった。
「やめなさい!」
 レビは、はっと彼らの中に入る。思わぬ乱入者、しかも、ここには似つかわしくない人物の出現に、男たちは思わず娘をはなした。まだ二十歳にもならない女の子は、慌ててレビの背の方に回る。
「大丈夫かな?」
「は、はいっ」
 娘は慌てて頷く。レビは、それに爽やかな笑みで応えながら、こう優しく言った。
「さあ、今のうちにお帰りなさい。この者達とは、私が話をつけよう」
「え、でも…」
 娘は、何となく常人ならぬレビの様子に戸惑っているようだ。それに、あんまり強く見えない。
「早くおいきなさい」
「は、はいっ!」
 レビに急かされ、娘はようやく決心して駆け出した。
「あ、こら!」
「待て! 不埒者共!」
 レビは、剣に手をかけながら声をかけた。どちらかというと、下手をすれば女性に見られてもおかしくない優男のレビである。彼がどんなに声を張り上げても、余り恐くないのだが、それはさておき…。
「昼間から年端も行かぬ娘を追い掛け回すとは、いい大人が恥ずかしく思わないのか?」
「何だお前は!」
 男たちは、場にそぐわない乱入者に奇異の目を向ける。
「貴族様の坊ちゃんなら、大人しく屋敷にかえんな。邪魔すると痛い目見るぞ」
「暴力に訴えるのは、私の主義に反する。話し合いで片をつけたほうがよいと思うのだが」
「何をわけのわからねえことを」
 男たちは、力ずくで通ろうとぐいっと前に出てきた。レビを掴もうとした時、不意にレビは男たちの手をさけ、すっと後退する。
「そうか、ならば仕方がない」
 レビは、するりと剣を抜く。体の弱いレビだが、何も武術の心得がないわけではない。戦場を渡り歩いていた上に、とんでもない剣の師匠に鍛えられたシャーは異常だが、レビもそこそこの水準の腕を持っているのだった。大体にして割と尚武の国であるザファルバーンの王子は、剣を得意としている。あのザミルがシャーにあっさり負けたのは、単にシャーの腕が怪物並だからである。
「私がお相手しよう」
「わけのわからんことを!」
 男たちは全部で三人である。レビの放った銀色の光に誘われるように、彼らも刃物を抜いた。
 レビは、抜いた三日月刀を少し低めに構えると、だっと走った。一人目の男の持っていた短剣が、手元に素早く走りこんできたレビの刀が下から下からすくった。思わず、短剣の柄が手から漏れる。
 油断していた男の隙をついて、レビは男の腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぐふっ!」
 地面に叩きつけられる男の影から、もう一人が、今度はレビの腕に驚きながら飛び掛ってくる。先ほどの男のように油断していない分、奇襲はきかない。
「はっ!」
 男がまっすぐに振り下ろしてくる短剣を、刀ではじき返した。甲高い音が鳴り、レビは刀を身体に引き付けた。
「うおりゃああああ!」
 それを隙と見た男が奇声をあげて突っ込んでくる。レビはそれを冷静に見つめた。そして、引き付けた剣を握り直して、近づいてきていた男の顎にその柄を突き上げた。防御する暇がなく、男はあっけなく身体をのけぞらせて倒れていく。
 最後の一人、それがその間に斜め前から飛び掛ってきていた。レビは、臆することなく次の行動に移る。男の手には、短剣ではなく普通の新月刀が握られている。それが、太陽の光を浴びて、ちらちらちらと目にうつる。ふと、その光が異様なゆらめきを見せた。
(いけない!)
 レビは焦る。急に眩暈がしたのだった。
「うっ…!」
 さすがに病み上がりの身体に戦闘はきつすぎた。レビは、ふと息を切らせた。咳込みそうになるが、どうにかこうにかこらえる。しかし、敵の刃は待ってくれない。レビの身体に、冷たい刃が触れようとしたとき、異様に軽い声が何処からともなく聞こえてきた。
「必殺! 不意打ち〜!」
 軽い声と共に、男の頭の後ろから空き瓶がにょっと飛び出してきて、男の頭を直撃した。男が白目をむいて倒れると、その後ろにいた青年の姿が現われる。妙に見覚えがあると思っていたのだが、さらに見覚えのある姿が目に飛び込んできた。青い服に黒いくしゃくしゃの髪の毛、さらには大きい三白眼…。
「だめだよー、オレのシマで、弱いものいじめちゃってって…あら…」
 現れた三白眼の青年は、元々大きな目をぎょろりとむき出した。レビもきょとんとする。そして、お互い誰だか認識できたとき、三白眼は焦りを、レビは驚きと歓喜を浮かべた。
「あ、あ、あ、兄上!」
 シャーは、目の前で倒れたごろつきの頭を無意識に蹴り飛ばしながら前によろっと進んだ。
「あ、シャ…」
「兄上! こっち!」
 突然、シャーは慌ててレビを引っつかんで店の裏に引き込んだ。いきなり店の裏側に回されたことを、不思議に思いながらもレビはとりあえずは挨拶をする。
「やあ、シャルル。こんなところで会うとは、意外だね。危ないところを助けてくれてありがとう」
 慌てている様子のシャーに、レビ=ダミアスはにっこり微笑むとこういった。
「兄上、シャルルはまずいって。シャルルはやめてくださいよ。シャーだよ、シャー。シャーでいいの」
 まさか自分と国王を繋げて考えるような輩はいやしまいが、それにしてもシャルルという名前は特別なのだ。こんなところでばれたら洒落にならない。
「そうか。それもそうだね。じゃあ、シャーと呼んだほうがいいのかな?」
「最初から、オレはそう呼んでくれってお願いしてたよ〜な気がしなくもないんですが」
 シャーはため息をついた。
「それにしても、兄上は体が弱いんだから戦っちゃだめですよ〜。オレみたいに何度蹴られても死なない身体だったらいいですけど」
「そうか、シャーは蹴られてそんなに丈夫になったのかい?」
 純粋に聞き返されて、シャーはうぐっと詰まる。あながち間違いとはいえない。下町育ちで親のいなかったシャーは、七歳までを自分の力で生き抜いたのである。その間に、彼の根底にある異様なバイタリティが培われていったので、今もこうしてのびのびと生きているのは、あの時苦労したおかげではあるのだ。
「…真にうけんでください。んで、なんでこんなところにいるの、兄上?」
「君こそ、なんでこんなところにいるんだい? 確か、今日はカッファが捕まえておくって…」
「壁の穴から抜けてきちゃった。けど、兄上が外に出るとはきいてなかったよ、オレ」
「そうか、伝達ミスがあったのだね」
 兄上は、納得したように頷いた。
「いや、伝達って言うか、捕まえてた兵士の連中、オレの事城に忍び込んだ不審者だと思ってたみたいだしなあ。…ま、それはいいか」
 シャーはため息をつく。
「で、兄上はどうしてこんなところにいなさるんです?」
「ああ、ラティーナが風邪を引いたとかでお見舞いにいこうとおもったのだが…」
「だが…」
 シャーは嫌な予感がして、少し顔を引きつらせた。
「もしかして、もしかして…、馬車からはぐれたの? 兄上?」
「よくわかったね。さすがはシャルルだ」
(恐ろしい、寧ろ恐すぎる。純粋培養の王族ってなんでみんなこうなの?)
 シャーは、そっとそう思った。レビは元々、セジェシスが滅ぼした国の王太子である。セジェシスが突っ込んでいく前に、政変が起きて不遇な扱いを受けていたのを、セジェシスが拾ってきたというのが、レビが彼の養子になったことの話の顛末である。
「なんだか、花束さがして歩いていたら、帰り道がわからなくなってね。馬車を待たせて、従者をおもわず置いてきたのだが、それがいけなかったのだろうか」
「そりゃあそうでしょうとも。…兄上、ここは兄上が多分いたであろうバザールの中心から随分離れてますよ」
「なんだって!」
 レビは、今更ながらに驚き、
「先ほどの不埒なやからは、それではそういうわけでこの辺にたむろしていたのかい?」
「不埒なやからは街の何処にでもいるもんだよ、兄上…」
 兄上は全然わかっていない。シャーは、要領を得ないらしい兄上を見ながらため息をついた。
「わかりました。わかりましたよ。サーヴァン家に送っていきますから、それからはどうにかしてください」
「そうか。すまないねえ、シャルル」
(シャルルって呼ぶなって言ってたのに…もー、純粋培養ってこれだから。)
 心の中でいいながら、シャーはこのものすごく王族の輝きを放っている自分の影武者にして、義兄には、どうやってもかなわないよなあ、と何となく疲れた気分になるのであった。





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◇こちらはレビ=ダミアスが好きだと言ってくださった水剣冷菜さんに差し上げた作品に修正をくわえたものです。
©akihiko wataragi