シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2004
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青い夕方「7」

空はすでに夕方の明るさを失っていた。リーフィは、黙ってシャーの指す一角を見つめている。彼女の顔に驚きは余りなかった。表情が薄いリーフィだから、ということも考えられたが、おそらくそうではない。リーフィには、そこにいる人物と、その目的がとっくにわかっていたのだろう。
 やがてゆらりと闇がゆれた。そこに背の高い男の影が見えている。リーフィは思わず顔を伏せた。ひょろりとした体格のシャーと、背丈はさほど変わらないのだろうが、やや彼よりもしっかりして頼れそうな感じがした。切れ長の目にやや凶暴な光をともしているのがわかる。シャーは、笑いもせずに呼びかけた。
「あんたとは二度目だね。ベリレルさん」
「貴様…」
 ベリレルは、油断なくシャーを観察しながら一歩ずつ近づいてきた。
「あんた、知ってたんだな。…このペンダントを持ってれば、リーフィが襲われること…いいや厳密に言うと、リーフィを囮に使ったんだろ。…マントに血がついてるぜ。誰を殺ってきた?」
 シャーは首を振った。
「いいや、聞いても仕方ないわな。どうせ、殺してきたのはジェレッカだろ。…借金で首が回らなくなったとこに、敵方のオヤブンから金で雇ってもいいっていう申し出が来たってとこか? それへの貢物がオヤブンの命だ。ちがうか?」
 ベリレルは答えない。ただ、ぎり、と奥歯をかみ締めたのがわかった。やがて、彼は低い声で言った。
「貴様が殺し屋だとは思わなかったぜ! てめえこそ、どこに雇われた!」
「殺し屋ァ?」 
 シャーは突然吹き出した。
「だははは、笑っちゃうね。ホント冗談きついぜ。オレはそういう血なまぐさい稼業は嫌いでね。てめえと一緒にしてもらっちゃ困るね!」
そして、笑いをおさめて、彼はベリレルの方を見た。
「あーのな、別にオレは、こんなやばい事に頭つっこみたいわけじゃないんだよ。できるなら平和〜に暮らしたいし、アンタみたいな力バカとも関わりたくねえわけよ。オレは平和主義なんだから、暴力嫌いなの。おわかり〜?」
 いつもの口調だったが、それにはそこしれない恐ろしさが含まれている。そのままで、シャーは、急に笑みを完全に消した。残した愛想すらも表情から抹消して、彼はぞっとするような冷たい声で言った。
「でもなあ、オレも嫌な性分なんだよ…。カンに障ったら、ほっとけないんだよなあ。特にアンタみたいな色男を見てるとさ…、徹底的にぶっつぶさないと気がすまないって言うか? …やーな性分なんだよ。オレも」
 すうっと手元に柄をひきつけながら、彼は暗闇に隠れながらそっと微笑んだ。
「それに、リーフィちゃんは、オレには優しくしてくれたもんね。好きになったコを助けるのは、男のツトメってやつだろ?」
 突然、ベリレルが動いたのがわかった。ズザッという砂を噛む音が、耳を弾く。闇にまぎれて見えないが、ベリレルが構えたのは勘でわかる。
「何わけのわからねえことを言ってやがる!」
 ベリレルの声は低く、殺意に充ちていた。あるいは何かが彼の癇癪に触れたのかもしれない。
「そのよく開く口を開かねえようにしてやる」
「はっ、今更独占欲でも出したのかよ!」
 シャーがはっきりと嘲笑った。普段の物言いとはあまりにもかけ離れたそれは、少し違和感のあるもので、リーフィはそれがシャーの声かどうか判別しかねた。
「全部終わったら、リーフィを殺す気だったのか? …それでよくも言うぜ。くそ野郎が!」
「うるさいっ!」
 ベリレルが突然足を進めて剣を振るってきた。シャーは、二歩ほど飛びのいた後、自然と剣を構える。
「思ったとおりだ。あんた、なかなかの手だれだな」
 くっと唇をゆがめたシャーは、構えを崩さないようにしながらわずかにベリレルとの距離を詰める。
「さすがのオレも油断したら死ぬかもね。…だから、あんたには手加減はしねえ」
「安心しろ、そんな暇も与えずにぶっ殺してやる!」
「いい台詞だ。気に入ったぜ!」
 それを言い終わるか言い終わらないかの内に、シャーはとんと軽く地面を蹴った。そして、二歩、三歩、と徐々に力強いステップに変わる。そのまま、シャーは、下げていた刃を上に向けて斜めに切り上げた。
「ちっ!」
 火花がバッと散った。ベリレルがはじき返した衝撃を受け止めて、シャーはそのまま刀を握りなおした。 
「行くぜッ!」
 シャーが気合の声と共に、三連続で突きに入った。忍び込むように叩き込んだが、ベリレルはそれを見事に避け、シャーの側面から回り込んで斜めに切り下げてきた。反射的に身を翻し、紙一重でそれを避ける。シャーの青いマントの裾がそれを掠って破れたようだった。
「チィッ!」
 ベリレルの舌打ちが響き、シャーは斜めに追撃を避けて飛びのいた。
「へ、へへ、さすがだな…!」
 さすがのシャーも息が少し上がってきていた。ふうと一息をついて、乱れた息を整えると、彼はベリレルが更なる追撃を繰り出してきたのをとらえた。つ、と足を横にずらし、シャーは自分も刀を薙いだ。
 ガッと音が鳴り、お互いの刃が噛み合ってぎりぎり音を立てる。タイミングがあったせいと、お互いの力が拮抗しているためどちらに押される事もなく、刀は絡みついたまま同じ場所をわずかにいったりきたりしている。
 軽い膠着状態だった。どちらかがうまく早めに剣を引かなければならない。或いは、ベリレルは押し切るつもりかもしれないとシャーは思う。力の差だけを単純に考えると、シャーには少し不利だ。この状態を何とか脱して横にうまく逃げられるように隙をうかがった方がよさそうだった。
 その時、
「リーフィ!」
 ベリレルの声が聞こえた。今まで、固まったようにそこで二人の戦いを見つめていたリーフィは、その声で我に返った。
「オレが、盗賊に殺されそうになったお前を助けてやったのは忘れてないだろうな!」
 リーフィは、無言でたたずんでいる。
「こいつを殺せ! 短剣をもってるんだろ!」
 シャーは、ふとリーフィのほうをうかがった。リーフィに戦いに入ってこられたら、シャーは戦いづらくなる。だが、リーフィは動かなかった。立ちすくんでいるというよりは、静かに佇んでいるという風情だった。
「リーフィ! 聞いてるのか!」
 業を煮やしたベリレルが叫んだが、冷静な声がそれに答えた。
「ベイル…。それは無理よ」
 シャーはちらと目を彼女の方に向けた。リーフィの顔は、わずかな月光の下、いつもよりも青白く見えたが、それは女神のように冷たい美しさがあった。
「…わたしはあなたの命令をいつだって守ってきたわ」
 リーフィの声は、時が止まったように冷たく、しかし清らかに空気に響き渡った。まるで月光のような声である。
「シャーはわたしを助けてくれたわ。…あなたに対してそうだったように、恩人は殺せないのよ。あなたの言う事はきけないわ」
「リーフィ! てめえ!」
 ベリレルの怒りの声が響いた瞬間、シャーは隙を突いて斜め後ろに抜け、こう着状態を脱した。
「いつまでも、あの子を苦しめてるんじゃねえ!」
 シャーは雄たけびと共に、ベリレルに向かって突っ込んでいった。ベリレルは防御体勢にはいったが、シャーが懐に飛び込むほうが早かった。シャーは、そのまま刃をベリレルの腹部に叩き込んだ。
 シャーが身を翻して彼の方を向いたとき、ベリレルはうめき声と共に地面に崩れ去っていた。
 リーフィは声こそ出さなかったが、慌ててこちらに走ってきた。シャーは、刀を鞘に収めると疲れ果てたのか、そこに座り込んだ。肩を大きく上下させてため息をついている。
 リーフィはベリレルをシャーを見比べ、そして、そっとこう訊いた。
「殺したの?」
「…峰打ちってしってる?」
 シャーは、こちらを見上げる猫のような顔をしていった。
「当てる前に手首をひっくり返してね、峰のほうを当てるわけ。でもね、実際正面から当てたら、オレの刀が折れるわけ。…つまり、気迫が大切なんだよね。一種の賭けだよ」
 シャーは倒れているベリレルをみて、笑いながら立ち上がる。
「つまりはオレの気迫勝ちってえことだね。ま、格の違いだな。格の!」
 えへん! となぜか威張るような真似をしてから、シャーはそっとリーフィのほうを伺った。
「ね、こんな奴でも、死んで欲しくなかったんだよね、リーフィちゃん…。だから、オレ…」
 シャーは、くしゃくしゃの頭を軽くかきやった。リーフィは答えなかったが、ベリレルを見つめる彼女の瞳が、それを肯定しているような気がした。
「あの、その、ねぇ、リーフィちゃん。オレさぁ、人の恋路に首突っ込んだりするつもりないのよ。ただね、ちょっとだけおせっかいだけど…」
 ためらいがちのシャーはやや言いにくそうに、しかし、発音だけははっきりといった。
「オレが口を出す事じゃないけど…、ベリレルみたいな男とつきあっちゃ、リーフィちゃんが辛くなるだけだと思うんだ。別れちゃったほうがいいんじゃない? 絡んでくるようなら、オレが倒しまくるから…ねえ」
 リーフィは、何も応えない。シャーは、少しだけ焦ったようなそぶりになった。
「あ、あの、だからって、オレと付き合えとかいうんじゃないよ。ただ、オレその…」
 シャーは更に焦って慌てて言葉を続けた。
「ごっ、ごめんね、リーフィちゃん。オレがいっても仕方ないよね。当事者でもないのにさ…、偉そうに言っちゃって…。オ、オレの言う事、気にしなくっていいのよ、ホント」
「シャー…」
 リーフィは、闇にうっすらと微笑んだらしい。シャーははっと顔を上げた。
「そうね。…あなたの言う通りかもしれないわ。捨てられる事ももしかしたら殺されるかもしれない事も、そう、なんとなくわかっていたのよ。…でも、ベリレルは私を一度助けてくれた男なの。恩人は裏切れなかったのよ」
 リーフィは寂しげに笑った。
「あなたって変わった人ね。…なんだか、不思議な気分だわ」
 リーフィは、あまり表情のないその顔に、うっすらと微笑を乗せた。その笑みに、油断していたシャーは、思わずどきりとしてしまう。
「あなたの言うとおりにして、私が狙われても、あなたは私を守ってくれるのよね?」
「そ、それは、も、もっちろん…!」
 リーフィは、そう、と短く応えた。
「それじゃあ、あなたの忠告に従おうかしら…」
「そ、そのほうがいいよ」
 少しだけ顔を赤面させて、シャーはぎこちなく応える。くす、とリーフィは微笑んだ。それから、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「でも、ね、ごめんなさいね、シャー…。そこまでしてもらっても、わたしはあなたを好きにはならないと思うわ…。ごめんなさい」
 何となく予想はできていた。シャーは、ふうとため息をつく。
「いいんだよ、別に…オレは、そういうんでリーフィちゃん助けたわけじゃないんだからね」
 リーフィに言われて、シャーは、寂しそうに笑んだが、その笑みはおそらく暗闇にまぎれて見えなかったかもしれない。
 すっかり夕方の気配は消えていた。辺りは暗い闇が支配し、夜になっていた。
「さあ、安全なとこまで送るよ。いっとくけど、オレ、送り狼じゃないからね〜」
 シャーのおどけた声が聞こえたが、彼は顔を向こう側に向けていて、見えるのは青いマントだけだった。
 だから、リーフィは、シャーがどんな顔をしていたか知らない。シャーも、闇から顔を覗かせるようなことはしなかった。
 だから、シャーが悲しみに沈んだ顔をしていても、リーフィはそれをおそらく知らない。


 
次の日も、何事も無かったかのようにシャーはふらりと酒場に現れた。先に酒場に入っていたリーフィもいたが、シャーは自分から話しかけることはしなかった。リーフィは仕事中だし、昨日の今日で話しかける気分にはならなかったのである。
 相変わらず、例の野郎共と一緒に何の華もないまま酒を飲んでいたが、この日は、やや状況が違った。シャーの態度ではなく、変わったのはリーフィの態度だったのだ。
 他の客を相手していたり、給仕をしているリーフィが、通りすがりにシャーに微笑みかけていくようになったのである。
 あの無愛想なリーフィが、それもシャーに微笑みかけたので、酒場の連中は一様に驚く。だが、当のシャーときたら、折角リーフィが微笑みかけてくれたというのに、寂しげな笑顔で会釈し返すだけである。
「な、なんですか? 今の?」
「なんでしょー…」
 カッチェラがきいても、シャーはぼんやりと答えた。
「今、あの無愛想なリーフィが兄貴ににこってやったじゃないですか!」
「うん、機嫌がいいんだねぇ、きっと…」
 何となくしょぼしょぼした様子のシャーに、カッチェラはじめ彼の取り巻きたちは、奇妙な目を向けた。あのリーフィが明らかに、シャーにだけ態度を変えているのに、当の兄貴のこの落ち込みぶりはなんなのだろう。もう少し舞い上がっていてもおかしくないというのに……。
「兄貴、リーフィ笑ってますよ」
「わかってるってば」
「……アレは兄貴に気があるんじゃないですか?」
「そんなわけないの。あのね、…オレ、今哀しみの絶頂にいるの。いいんだ〜、女の子なんて硬派なアタクシにはいらないんだもん。酒だけが友達なんだ〜」
 いやに意味深な事を言う。カッチェラはとうとうわかったといいたげに、ぽんと手をたたいた。
「なんですか? 身を引いちゃったんですか? それとも、身を引いたからかえって気に入られたんですか?」 
 カッチェラがそうっと訊いた。状況的にはそうなのかもしれない。言い当てられて、シャーは余計に落ち込んで、急に彼らのほうから壁に対面して酒をちびちびとやる。その妙ないじらしさを見るのは、何となくあわれっぽくて忍びない。
「なんで押さないんですか。押したらコロッと行くかもしれないじゃないですか」
 カッチェラが肩をすくめながら言った。
「だって、あんなに笑ってるんですよ。好感度あがってますって!」
「いいの。いいの、今日のオレは酒だけあればいいの」
 いいながら、シャーはくるくるまいた髪の毛をぐしゃりとやった。
(ああまで言われたら、身を引くしかないってーの。)
 シャーは人知れずため息をつく。酒が妙に苦かった。
「シャー…」
 ふと、綺麗な高い声が聞こえ、シャーはびくりとして慌てて振り返る。そこには、驚く舎弟たちを押しのける形で、リーフィが立っていた。
「今日は、あなたにお礼を言おうと思って…ちょっといいかしら?」
「あっ、こら、お前達解散しなさい!」
 急にシャーは周りにいた連中を手で追い払い始め、慌てて自分も立ち上がった。
「え、と、それじゃ、お店の裏にでも?」
「店の裏!」
 周りにいた野郎共が即座に反応した。
「兄貴!」
「なんか怪しい!」
 いかがわしいとでも言いたいのだろう。シャーは、急にきっと連中を睨んだが、その顔はリーフィが昨夜見たシャーとは違った。睨んだとしても、今のシャーには昨夜のような恐ろしさはなかった。
「そんなことするわけないだろっ! 見損なうなよ!」
「振られすぎておかしくなるってこともありますし」
「大体、兄貴は見かけが変質者ですからね…」
「誰だよ! 今、オレの事を変態っていったのは〜!」
 シャーは、必死の顔をして連中に言い返す。自分で変質者から変態に一ランク格をあげてしまっていることには気づいていないようだ。
「とにかく、オレはそーゆーいかがわしい男じゃないのっ!」
 シャーは周りの連中をどんと突き飛ばしながら、立ち上がった。
「ぜーったいついてくるなよ!」
「なんだよ、変態!」
「兄貴の変態!」
 いつにもまして、少し格好をつけているらしいシャーに、弟分たちの変態コールが後ろから追ってくる。
「うるさーい、オレが博打でもうかって大金入っても、お前達には、お茶一杯でもおごってやんねえからなあ!」
 シャーは、あてもないくせにそういい捨てると、連中の好奇の視線を浴びながら、リーフィを伴ってとっとと酒場の裏に出た。
 裏は人気がなかったが、それでもシャーは念入りにのぞかれていないか探った後で、リーフィのほうに向かった。
「ご、ごめんね、あいつらが馬鹿で」
「いいのよ。悪い人じゃないのはわかっているもの」
 リーフィは首を振った。
「あ、リーフィちゃん、オレ、昨日いいわすれたんだけどねえ…」
 シャーは左右の人差し指をつっつきあわせながら、苦笑いして言った。
「オレが、あんなに強いってこと、黙っててくれる? それとも、もう言っちゃった?」
「いいえ、…何となくそんな気がして、誰にもいっていないわ」
 リーフィはそう答える。シャーは安堵したようにため息をついた。
「そう。よかった。…オレが強いなんてわかったら、他の奴ら態度変えちゃうでしょ。それがどうにも嫌なんだ。だから黙っててよ」
「…そうね」
 リーフィは静かに答えた。
「私も、あなたが今のままの方がいいと思うわ」
「わかってくれてありがと」
 シャーはにっと微笑んだ。いつもながらの軽い言い方だが、リーフィは、それに何となく安心感を感じた。そして、彼女は、ふと微笑んだ。それは薄い笑みで、ほとんど笑っているかどうかわからないものではあったが、無表情なリーフィには珍しい表情でもあった。
「シャー…わたしも、昨日言い忘れた事があるのよ」
「どうしたの? 困ったことがあったの?」
 シャーは眉をひそめた。シャーは、てっきりベリレルか誰かが彼女をまだ困らせたのだろうかと思ったようだ。リーフィは静かに首を振り、戸惑うシャーにかまわずそっと身を寄せた。
「あなたに惚れる事はないといったけれど…」
 リーフィは耳元でそっとささやいた。
「わたしはあなたを嫌いだとはいっていないわ」
 そういって、リーフィはシャーの頬に素早く軽く口付けた。なれない事に、シャーは一瞬、自分が何をされたのかわからなかったらしい。ようやく気づいたのか、ひどくまじめな顔になってまじまじと彼女の顔を見上げる。リーフィはにっと口元をほころばせ、シャーの手に手にしていた酒瓶を握らせる。
「り、りーふぃちゃ……?」
「昨日のお礼よ。わたしがあなたにおごっただなんてお店の人にはいわないでね。怒られてしまうから」
 リーフィはそっとささやくと、呆然としたシャーを置き去りにすらりと立ち上がった。そのまんまきびすを返していってしまう。
「それじゃあね」
 リーフィの声がどこか遠くから聞こえてきた。
 シャーはしばらく呆然としていたが、やがて思い出したようにコテンと壁に頭をくっつける。へらっと不思議な笑みを浮かべながら、シャーはもらった酒を大事そうに抱きかかえ、片方の手で自分の頬を撫でた。 
「世の中って、幸せってばヘンなところに転がってるんだねぇ〜」
 夢見心地でつぶやくシャーの耳には、おそらくリーフィの「あなたに惚れる事はない」の言葉が抜け落ちているのかもしれなかった。

青い夕方:END…




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背景:自然いっぱいの素材集
©akihiko wataragi