シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2004
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青い夕方「5」

 と、シャーは不意に身体を反らせた。思い切り反らせたそこを石が通り過ぎていく。そのままリーフィをそっと後ろに追いやりながら、彼はざっと彼女を背でかばうように足をやった。
「ふふん、今頃かぎ付けてきたんだな。ちょっと遅いんじゃないの」
 その行動にもリーフィは驚いたのだが、前から現れた男たちの正体も彼女を驚かせずにはいられないものだった。
「バレン!」
 リーフィは前から現れた男の顔を見て叫ぶ。そこにいる巨漢は、たしかシャーをこの前恐喝していた、あの男である。
「リーフィ。てめえがベリレルからの手紙を預かってんのはわかってるんだぜ!」
 バレンはそういいながら、のっそりと近づいてくる。他に十人ほどの男が後ろからついてきていた。
「大人しく出せば、お前だけは許してやってもいい」
 と、いいながらバレンは少し下卑た笑みを浮かべた。
「お前は結構上玉だからな」
「いやな奴だねえ、セクハラ発言はご遠慮願いますよ、旦那」
 リーフィが何か答える前に、シャーがバレンをさえぎった。そのままにんまりと微笑むが、バレンは最初、彼が誰だかわからなかったようだ。慌てて彼らがざっと体勢を整えたのがわかった。
「あんたの口からきくと、みょーに気持ち悪くってさあ。お願いだから、そういう気持ちの悪い事いわないでくれる?」
 その物言いで気づいたのか、それとも薄い明りで正体がわかったのか、バレンはその男が誰であるかわかったようだった。そのせいか、彼らの間の緊張がふっと緩む。今まで相手がリーフィの用心棒ではないかと緊張していたのだった。
「なんだ、この前のへたれ野郎か? 生意気なこといいやがって! 今度は怪我じゃすまねえぞ。さっさとかえれ!」
「オレもそうしたいのは山々なんだけど〜、女の子を置いてかえるなんて、ちょっとあんた達、かっこ悪いとおもわないかい?」
 シャーは倒れそうなほど、そっくりかえっていった。
「というわけで、今日は頑張ってかばってみます! ねー、リーフィちゃん、オレ、ちょっとかっこよくなあい? かっこよかったら、後で褒めてね」
「な、何を言ってるの?」
 さっきとは随分と態度が違う。だが、相変わらずシャーの目は普段と違っているのだった。それが少しだけ不気味で、本心がわからなくて、リーフィは何となく不穏に感じた。だが、バレンはそれに気づいていない。シャーの変貌にどうして気づいていないのか、寧ろリーフィは謎だった。
「それにさあ、今更リーフィちゃんをいじめたって、あのベリレルさんは出てこないと思うよ、バレンさん」
 シャーは笑みを刻みながら、ふざけた口調で言った。
「それにねぇ、もう手遅れだよ。今更躍起になったって、あんた達、すでに罠にはまっちゃったあとだもんねぇ。してやられたんだろ、あいつにさあ」
 何もかも見透かしたような物言いに、ベリレルははっとした。ちらと、シャーは視線を投げる。夜目にもはっきり見える彼の目に、何か危険な光があった。
「ど、どういう意味だ!」
 バレンはやや焦る。シャーは軽く肩をすくめる。
「ははん、ベリレルが、あんたんとこの親分のライバルのヤクザと通じてたんだろ。情報丸々流されちゃって、おまけにベリレルと一緒に組んでた奴が何人か不慮の死を遂げちゃった。つまりゃあ色々と血の惨劇が起きたってわけだな。それでオヤブンが切れちゃった。だぁけど、肝心のベリレルさんはドロン」
 シャーのおどけた口調と、彼の雰囲気が異様にアンバランスだった。シャーはまだにやついた顔のままだ。
「それで慌てて追いかけてみたら、なんとベリレルさんはリーフィちゃんに最後の密書を届けさせるように頼んでいたらしい。それには、どこどこで誰を殺ったかっていう情報が書かれてるはずだ。だとしたら、ベリレルの裏切りをちゃんと実証できる。そうすりゃ、あんた達も心置きなくあっちのソシキと戦争始められるよなあ。大義名分がたたなきゃ、ただいわれのねえ喧嘩を売ったも同然だからな」
「な、なんだとおっ!」
 バレンの焦りは、シャーの読みが正しいことを示している。
「ご、ごちゃごちゃいってるんじゃねえ! とっととそこをどけ!」
 バレンは眉を吊り上げて、強面を更にこわばらせた。シャーはふんと笑う。
「ダメダメ。だから言ってるじゃないの。オレだって、時々いいカッコしたくなるんだもん」
 ふっと歪んだ笑みがシャーの口元を彩った。少なくとも、リーフィはあんな笑みを浮かべる彼を見た事がなかった。寒気のようなものが背筋を走る。
「それに、この街中で抗争なんか始められてみろ。ここを根城にごろごろしてるオレが一番迷惑こうむるんだよね。のんびりたかって飲んで遊んでられないじゃない」
 すっと足を進める。サンダルが砂を噛んでじゃりり、と音を鳴らした。自然と右足が前に出、そっと左足を後ろにやる。そのまま腰の刀の柄に手を添える。
 ぐっとシャーの声が低くなった。
「リーフィは渡せないぜ。あんた達こそかえらねえなら、力ずくで帰してやるさ」
「生意気言うな!」
 聞いていたバレンの後ろの男が、さすがにこの言葉に怒ったようだった。怒りの声をあげてそのまま持っていた曲刀を抜く。そのまま、彼のほうに向かって走ってくる。ひょろっとしたシャーの風体に侮ったのか、かなり油断した動きだった。
「全く、面倒だよなあ」
 そういい、すっとサンダルの足を浮かせる。そのまま、シャーは水平に飛んだ。飛び掛ってきた男の下にもぐりこむような姿勢で、引き付けた刀を鞘ごと引き抜き、横に流した。
「がっ!」
 頭上でうめき声がした。そのまま倒れ掛かってくる男をよけるように、シャーは半歩ほど横に飛んだ。男は、彼が避けたちょうどその横に倒れこんで、かすかにうめいている。
「こ、この野郎!」
 シャーはまだ剣を抜いていない。今のは鞘をつかって打撃しただけだ。
 シャーの笑みは少しだけ青く歪んでいる。その笑みを浮かべたまま、とうとうシャーは、鞘に手をかけた。しゃん、と音が鳴った。
「ここからは命のやり取りだ! 臆病者は帰んな! ただですむと思うなよ!」
 しんと世界は静まっている。独特の緊張感に支配された世界の中で、シャーは鞘を握るとそのまましゃっと中身を滑らせた。青みを帯びた刃が、清涼な三日月の光にさっと照りかえった。
「野郎!」
 その光に刺激されたのか、男が一人気合の声をあげて飛び掛ってきた。シャーは抜いた鞘を腰に落とし差すとそのまま向かってくる相手のほうに走った。大またで飛ぶように二、三歩。相手の刀が頭の上から降りてくる。
 冷静に見つめていたシャーは、右手に下げていた刀を斜めに切り上げた。かーん、と音が鳴り、勢いつけて飛び掛ってきていた男の刀がはじき返される。勢いをつけたのがわるかった。完全に伸び上がって頭の上に両手が上がってしまった男の胴はがら空きだ。
「しまっ…!」
 男の舌打ちとシャーの笑みは同時だった。シャーは男の腹部に膝蹴りを思い切り食らわした。
 飛ばされて腹を抱えこんで苦しんでいる男にめもくれず、シャーはその横をすたすたと通り、宣言した。
「次は誰だ? …相手してやるぜ」
 その顔は挑発的な笑みに歪んでいる。ぞくりとするような、冷たい光を青い目に宿し、三日月の薄い光がその冷たさを増させている。
「くそっ!」
 恐怖を感じないわけではない。だが、相手はあのシャー=ルギィズなのだ。酒場で飲んだくれては、踊る事ぐらいしか能のないごろつき以下のシャー=ルギィズ。金を巻き上げられては、ぎゃあぎゃあわめいていたどうしようもない屑野郎のはずである。
 その男に挑発されて、平気でいられるわけもなかった。
「なめんな!」
「地獄に送ってやる!」
 口々にいい、三人の男たちが飛び掛ってきた。シャーは軽く肩をすくめた。
「あ〜ぁ、おんなじような台詞ばっかじゃないの。詰まんない子たちだことぉ」
 でも、と、心の中でいい、シャーは刀を胸の前にあげる。
「どうせお互いロクでもねえ道に生きるもの同士だ。手が滑っても恨むんじゃねえぜ」





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©akihiko wataragi