「その内溶けるだろう。ペンションの主人にきいたら、ここは普段はそれほど雪の深い地域ではないらしい。下手をすると日中にはとけてしまうかもしれんから、今のうちに雪を堪能するのだ。貴様も、とっととコートでも着てあたたかくしてから遊ばんと損だぞ」
「なんで、そんなにテンションが高いんですか、軍曹殿」
「俺は、雪が余り降らぬ地方の出身だから、雪を見ると血が騒ぐ。かつては、学校も、雪が降ると授業を中断して校庭で遊ばせてくれたものだ」
 軍曹殿は、どこか遠くを見る目になった。
「そんなに雪がつもったのですか?」
「馬鹿者。雪など滅多に積もらんから、粉雪が舞い散る中で縄跳びをしたりして遊ぶのだ」
「それ、雪が降る中で遊ぶ意味があまりないのでは……。寒いだけじゃあないですか」
「やかましい。俺の思い出を汚すな!」
 軍曹殿は、おかんむりだ。とりあえず、軍曹殿は、目の前のありあまらんばかりの雪を見て、子供帰りしているらしいことだけがジョシュアにはよくわかった。


 例のごとく意味不明の土地に迷い込んだ通称軍曹殿の軍曹と、上等兵のジョシュアは、いまだに目的地に向かって走っているところだった。
 とはいえ、方向は軍曹殿の勘によるところが多いから、果たしてどっちに向かって走っているのやら、ジョシュアはいまだにわからない。軍曹殿は間違いないのいってんばりなのだ。
 けれど、今のところ、副業である運びやをしてみたりと、なんだかんだで生活できてはいるので、まあいいかとジョシュアは思い出してきていた。アルバイトしながら旅をしている気分の、妙に平和な兵隊二人である。
 さて、そんなことは毎度のことなのでどうでもいい。
 まだ、粉雪が外でちらちら降っていた。
 ジョシュアが、ペンションのロビーで温まり、コートを調達して、再びトラックの元にあゆみったとき、軍曹殿はのんきに雪だるまを作っていた。
 手馴れていない軍曹殿の雪だるまはいびつだ。
(ああ……、一生懸命だなあ)
 三十路男が一生懸命雪だるまを作っている様は、ほほえましいを通り越して、どこか生ぬるくうつってしまうジョシュアである。石炭がないからみかんで目をつけよう、などといってトラックに積み込んだみかんを探すあたりも、何となくシュールな光景だ。この光景をみて、彼の職業が軍人だとは誰も思わないだろうな、と思ってしまうジョシュアなのだった。

 軍曹殿とジョシュアが、基地につくころには、きっとこの土地の深い雪も解けていることだろう。



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