シャルル=ダ・フールの王国
-----------------------------------------------
短編:青い夕方
----------------------------------------------
 シャーは最近、リーフィという娘にご執心である。もともと惚れっぽいのは周知の事だし、彼が一目ぼれする相手が、いつも高嶺の花だというのも有名な事だ。だが、それでもやはり、酒場で一番の美人で、おまけに勝気なリーフィに言い寄ろうとするのは、無謀にもほどがあると思うのだ。
 シャーの名は、シャー=ルギィズという。同名のやくざの親分がいるらしいが、それとは全く無関係の同姓同名のシャーである。
 くしゃくしゃの癖っ毛をポニーテール風にまとめている。彼の最大の特徴は、少しぎょろっとしたような大きな目が、見事に三白眼だという事だ。その瞳は、覗き込むとほんの少しだけ青味がかっているのだが、よく覗き込まないとわからない。
 よく見ると割と二枚目なのだが、それはよく見た結果である。ぱっと目は完全なる三枚目で、それが板についているので、隠された真実には誰も気づかない。ひょろんとやせていて長身で、ちょっと猫背な体に真っ青なマントと服を纏っている。襟は黄色で、どこか遠くの異国からきたという風情だ。
 踊るのが好きで、酒場お抱えのダンサーより踊りがうまかったりするのが、唯一の自慢なのだが、それで別にもてることはない。そもそも、彼のアプローチが成功したのを、周りの者が見た事がない。喧嘩にも弱いし、ぼさーっとその辺の裏道を歩いていると、かなりの確率で絡まれるタイプの男である。
「ねぇ、リーフィちゃん。」
 シャーの声は、ちょっと間延びした猫に似ている。だらっとしていて、なんとなくしまりが無いが、妙に憎めないのである。
「リーフィちゃんってば。」
 無視を続ける酒場の美女に、シャーは再び呼びかける。
「一杯飲まない? ねえって……」
 切れ長の目をした、黒髪の娘は、やはり何も答えてくれない。シャーの周りには、たくさんの男達が並んで座っていて、シャーと娘のやり取りを興味深げに眺めている。
「オレのおごりだよ。おごってあげるからさ〜。ね〜ね〜。」
 リーフィは、ふうとため息をついた。同年代の女性よりも、ずっと大人びて見えるリーフィは、どこか冷たい印象がある。
「どうせ、あなたのお金じゃないんでしょう?」
 言われてシャーは苦笑いした。
 ――そうなのだ。シャーは常に無一文なのである。たまたま持っていても、どこかで恐喝されてとられているらしい。そんな彼なので、自分の金で酒を飲むわけが無い。
 しかし、別に金持ちの取り巻きをしているわけでも、ツケを溜め込んでいるわけでもない。シャーには、取り巻きがいるのである。といっても、別に金も力もないシャーにどうして彼らがついていくのかというと、それは傍目にもよくわからないし、彼ら自身もよく分かっていない。聞いてみると、「ほっとけないから。」という答えが返ってくる。飯や酒をおごるのも、ほうっておくと飢え死にしそう、とかそういう理由のようだ。
「兄貴、また俺達のを当てに…」
「気にすんなよ〜。やさしいんだろ、お前達。な!やさしいだろ!」
 文字通りの猫なで声で、シャーは近くの手下の一人の肩に手をかけた。
「オレの恋のために、出資!出資!ね〜、出資してってばぁぁ。」
 弟分の胸倉をつかみながら、ねだる様は見苦しいことこの上ないのだが、弟分達は黙ってみている。危うく財布を取り出しかけて、周りのものに押さえられるものもいる。男の友情とはかくいうものなのか、それとも単にシャーが哀れっぽいだけだろうか。どちらでもよいが、リーフィはそういう様子を見ると、どうもため息があふれてくるのである。
「兄貴…、もうやめましょうよ。」
 大概痩せている兄貴よりも、もう少し痩せた青年が気の毒そうに声をかけた。
「芽の出ない種に水をやっても枯れるだけですよ。」
「さすがだ! カッチェラッ!」
 周りの男達がざわめいた。よく言った!と、声を上げるやつもいる。兄貴だけがきょとんとしたまま、瞬きをしていた。
「え?それ、どーゆうこと?」
「どういうって…」
 さすがのカッチェラが詰まったところで、隣の大男が申し訳なさそうにつぶやいた。
「…どうせ痛い思いするの、兄貴なんですし。傷は浅いほうが…」
「うまいぞ!アティク!」
 カッチェラが思わず膝を打った。
「こらこらこら〜!どういう意味だよ〜〜!」
 シャーは不本意そうにじろりと二人をにらんだ。
「それって、オレが振られるみたいじゃないか!」
「…つまりそういうことをいってるんじゃないですか。」
「今までのことを考えてくださいよ。兄貴。」
 他の連中がとりなしに入った。
「いつも失恋して困るのは兄貴じゃないですか。今なら、まだ擦り傷程度ですよ!」


*