シャルル=ダ・フールの暗殺

プロローグ

 シャルル=ダ・フール戴冠。その知らせは、ザファルバーンの都をすぐに走った。都は、新たなる王を喜んで迎えるための用意や何やに、お祭り騒ぎであった。
 一人、旅人風の男が、その街を訪れていた。目が覚めるような青いマントは、砂漠の砂を被って黄土色に汚れ、端がびりびりに破れていた。どこか異国の地で作られたらしい服も、全て基調は青で彩られていた。元は上等な服だったのだろうが、かなり着古されていて、到底上等なものには見えない。金も持っていなさそうな、気ままに旅をしている風な青年に見えた。
「へぇ、結構なお祭りだね」
 彼は、軽い調子で言った。見事なまでに三白眼で、少々間抜けな印象を与えもする顔立ちである。奇妙な事に、男はくるくるっと巻いた巻き毛の黒髪を頭の上の方でポニーテール状に結い上げている。年齢は、若く二十歳をいくつか越えたばかりといったところのようだった。どこか遠く異国から来たという風情だった。
「そりゃあな。内乱も終わって、新しい王様がやってくる。とりあえず、オレたちにとっちゃ、戦争が終わっただけでもうれしいね」
 八百屋のオヤジが微笑みながら素朴なことをいったので、男は少しだけ苦笑した。
「ふうん。そうなのかい」
 旅人は、そういうと街にかかった垂れ幕を見上げた。そこには、『シャルル=ダ・フール=エレ・カーネス万歳』と書かれていた。
「シャルル様ね。……今度の王様は変わった名前だなあ」
 旅人は率直な感想を口にした。ザファルバーンでは、あまり見かけない名前である。
「さぁ、シャルル様ってのは、前の王様が、王になる前の恋人との間にできた子供らしい。いわゆる御落胤てやつでね、内乱でもおこらなきゃ、王になれなかったひとなんだろう。シャルルってえ、変わった名前は、そのシャルル様が連れてこられたとき、城を訪れていた外国の使者から取った名前なんだそうだ。そう思うとちょっと不憫な気もするがなあ」
 八百屋のオヤジは、少し同情するように言った。前の王であるセジェシスには、たくさんの子供がいて、それぞれが王位継承を主張して争い、たくさんの血が流れた。最後に、今まで名も挙がっていなかったシャルルが候補に挙げられ、それが通ったのだという。詳細は国民は知らない。
「へぇ。そりゃあ、たいへんだな」
 旅人は、考えるようにあごに手をやった。
「……あんたは、旅の人みたいだが、まぁ、楽しんでいきなよ」
 八百屋はそういうと、旅人の、砂でざらざらする肩を叩いた。
「砂漠を渡ってきたんだろう。しばらくは、ここで休んでいきな」
 旅人は乾燥した空気を少し吸い込んで微笑んだ。愛想のいい男である。
「ありがとよ、おやじさん」
 そして、彼は付け加える。
「しばらくの間さ、オレもここに用があるんだ」
 彼は薄く笑った。その笑みに、どういう意味が含まれていたのか、八百屋は知ることはない。



1.依頼

 砂漠の都の夜は寒い。煌々と灯のついた一件の酒場では、その寒さを吹き飛ばすような盛り上がりを見せていた。
 近所から楽器だけもって駆けつけてきたような連中が、思い思いにギイギイと楽器を奏でる。
「おおっと、俺の出番だな〜! 景気のいい曲を頼むよ〜! きょーだいっ!」
 三白眼が妙に印象的な、少し情けない感じの顔つきの男が陽気に手を上げた。これでも、黙っていればそれなりに整った顔をしているのに、惜しい事に彼の身辺を包む雰囲気がそれをぶち壊しにしているといってもよかった。
 曲は下手なりに盛り上がり、やがて男は酒場のど真ん中で机を回りに避けさせると、そこに陣取って手を叩き始めた。
「さあ! 拍手拍手!」
 半ば拍手を強制しながら、くるくると巻き毛がかった黒髪の男が陽気に叫んだ。陽気な音楽がかかる中、片手に酒のはいった杯を振りかざし、それを口に流し込む。弦楽器に甲高い笛の音。人々の拍手に気をよくしながら、男は酒場の真ん中でステップを踏み始める。サンダル履きの足が、軽やかに床を踏む。普段ドジで転んでばかりの男だが、踊るときだけは見事な足捌きを見せる。着ている鮮やかな青い服と、水色がかったところどころ破れたマントが、やけに綺麗に宙を舞う。普段とはまるで違う顔をのぞかせながら。
「兄貴〜! かっこいい!」
 外見は良くないが、意外といい奴なのかもしれない男が、ヒューと口笛を吹いた。
「あにきすてきー!」
 まだ寝ていなかった子どもが歓声を上げる。それにもれなくサービスに手を振ってやりながら、男は足を高く上げて踊る。途中、酒を口の中に流し込み、唇からもれた酒を手の甲で無造作にぬぐう。
「シャー兄貴にかんぱーい!」
大男が声高らかに叫んだ。おおっと酒場の中がざわめく。
「乾杯!」


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