辺境遊戯二部へ



辺境遊戯・レックハルド

ファルケンの拾いもの


 ひたひたと近づいてくる不気味な足音に、レックハルドはこわごわと振り返る。元盗賊のレックハルドは、自分の気配を消すのも得意だが、それ以上に他人の気配を読むのが得意だ。だが、そんな彼の特殊能力を使うまでもなく、相手が近づいてくるのはすぐわかる。相手は二メートルの大男で、おまけに気配を隠そうという気はない。足音を忍ばせているのは、何か控えめにしなければならない事情があるからに違いない。
「な、なんだ、ファルケン」
「レック…あのさぁ……」
 ファルケンが両手を後ろに、妙にそろそろと声を掛けてきた。
 不気味だ。どちらかというと大人しい方だったファルケンだが、近頃は昔のお前はどこにいったと思ってしまうほどに、妙にずけずけと悪気なくものをいうようになっている。だから、この妙に奥歯にものを挟んだような言い方は不気味だ。何か魂胆でもあるのだろうか。
「な、何だファルケン……」
 妙に暗い表情でレックハルドは言った。そして、何となく不審なファルケンを見やりながら、最悪の想像をする。そうっと肩に手を掛けて、レックハルドは暗い声で言った。
「そ、そうか…お前オレが預けている全財産をスッてきたんだな…」
「え、何が? 失礼だなー、いくらオレでもそんな見境ないことないって」
 ファルケンが心外だと言わんばかりに明るく言った。今日は確かに仕事用の財布をファルケンが預かっていた。博打狂のファルケンは、博打をすると実際見境がほとんどなくなるのだが、本人がけろりといっているので、それではないのだろう。ファルケンは、あまり嘘をつけない。特に博打絡みの嘘は気まずさも手伝ってか、態度がいかにも不審になるのだ。
「じゃ、じゃあ、なんだ! 財布落としたのか! そうなんだろ!」
「え、何が?」
 必死の様子でファルケンにつかみかかるレックハルドは、ファルケンに事情を聞く気配もない。胸ぐらを掴みながら高速で振り回し、更に尋問した。
「正直に言え! お前、オレの全財産を落としたんだろ! あぁぁ、なんて事を! 馬鹿! 馬鹿野郎!」
「な、なあにを勘違いしてるのかよくわかんないけど、財布ならここに」
 ファルケンはとまどい気味にひょいと腰に巻き付けていた財布を取り出す。
「うおお、オレの金ー!」
 慌ててレックハルドは財布をひったくり、中身を確かめる。厳密に言うと、レックハルドとファルケンの金なのだが、そんなことは気にしない。一応数えてみて、昨日と同じだったことを確かめ、レックハルドは深々とため息をついた。
 ファルケンは疑われたことに不満げで、少しむっとしながら訊いた。
「オレってそんなに信用ないのか?」
「ない!」
 即答して、レックハルドは懐にそれを収める。ファルケンは不満そうだが、それを意に介さず、レックハルドは不審そうに彼を見上げた。
「何なんだよ、金じゃないとするとお前なにやらかした?」
「なんで、そんなに信用ないんだよ? 何もやってないって」
「それじゃあ、何でお前がそんな控えめに声をかけてきたんだ…?」
「あ、ああ、それは…その…」
 ファルケンは、どういったものか考えながらそうっと切り出した。
「レックは、動物嫌いじゃないよな」
「あ? 何だ? 嫌いかどうかって…。別に嫌いじゃないが。な、なんだ…今すごく嫌な予感がしたんだが…」
 レックハルドはひきつった笑みを浮かべた。ファルケンはそうっと後ろ手に回していた手を背中から出してくる。ファルケンの手には、何か毛だらけの小さな何かが握られていた。いや、ファルケンの手の中にあるので、特別に小さいようにみえるだけである。
「じゃあ、こいつの里親が見つかるまで飼ってもいいよな?」
「はっ?」
 レックハルドは、いきなり目の前に差し出されたいきもののつぶらな瞳と目があって、思わず絶句する。茶色っぽい毛並みの、まだ生まれて一ヶ月経つか経たないかというような子犬だ。まだ短い手足にちょっと痩せた体つきだが、元気はいい。
 ややあって、レックハルドは少し唸りながら言った。
「ファルケン…」
「何か?」
「…このふわふわした毛並みのいきものは何かな?」
「街で拾った犬だけど」
「そうじゃねえ!」
 レックハルドは額に手を置きながら、ファルケンを呆れたようにみた。
「なんで拾ってくるんだよ!」
「だから、街で捨てられてたんだ。一匹だけで迷ってるみたいだったし、このくらいの子犬を一匹でふらふらさせておくのもかわいそうだし。だから、里親を見つけてあげようかなって」
 ファルケンは満面の笑みをたたえながら、犬を抱きしめつつ言った。
「それに、オレ、犬とか猫とか好きだし、レックも嫌いじゃないんだろ?」
「お前はオレが訊いている質問の本質というやつを甚だしく理解してないな…」
 更に疲れた目を向けながらレックハルドはため息を一つつく。そして、やや投げやりに言った。
「オレ達は旅をしてるんだぞ。行商人だ。犬つれて商売ができるかよ!」
「そうかぁ? 里親見つかるまでなのに?」
「少しの間でも邪魔だ!」
 ファルケンはきょとんとする。
「でも、犬猫と共に旅する旅人ってかっこいいと思うけど。それに、オレだって元々猟師だから犬の一匹や二匹」
「猟犬ならソルがいるだろソルが。あれでいいだろ」
「あれは狼だし、喋るし…たまにオレを利用しようとするし、犬らしい犬がいい」
「ほ、ほほう、り、利用されてることは一応気づいてるんだな。まぁ、それはともかくとして…」
 レックハルドは、やれやれとばかりにため息をつく。
「聞き分けろ、戻してこい。旅をしながら飼ったって、どうせ弱るだけなんだ。戻せばきっと、どっかのいい人が拾ってくれ…」
「絶対嫌だ!」
 ファルケン珍しくきっぱりとした口調でレックハルドの言葉を遮る。大体ファルケンが口答えする事自体が珍しい。
 これはまずいとレックハルドは思う。ファルケンは、普段聞き分けがいい分、一旦歯向かうと、とことん我を通すタイプなのだ。
「オレの手元に置いてるとその内売っ払うぞ! しかも、食用で!」
 やや脅しをかけつつレックハルドは言う。
「だから、その毛並みのいい四つ足ものをどっか戻してこい!」
 何やら唸っていたファルケンは犬を抱えたまま、レックハルドと対峙していたが、ふと何か思いついたかのようににやりとした。
「でも、レック、あんたが、さすがにそこまで非道じゃないってこと、オレはわかってるつもりだぜ!」
「何ィ?」
 レックハルドは虚をつかれて、やや素っ頓狂な声をあげた。
「大体動物嫌いじゃないとか言ってただろ。あんた嫌いなのにはかなり冷たいけど、そうでもない奴には、結構親切なんだよな〜。嫌いじゃないっていったものに酷いことをするような奴じゃないだろ、あんた…?」
「う、お前、それは……」
 犬をあやしつつ、そんなことを言われ、レックハルドは一瞬返答に詰まる。これで相手がもう少し口の達者なタイプだったら言い返せる自信があったのだが、こういう口調でさらっと言われると困ってしまうのがレックハルドである。短所を突かれるのも皮肉を言われるのも慣れている。それに対しての反撃の方法は嫌と言うほど知っているのだが、逆にこんな風に懐柔されるとそれに対する反撃ができなくなる。
 レックハルドはそういうタイプの人間だ。困った末、レックハルドはわざとらしく不機嫌に吐き捨てた。
「くそっ…! わかったよ! 好きにしろ!」
 レックハルドがそっぽを向きながらそう言い放ったのをきいて、ファルケンは、鼻を鳴らしている子犬を抱き寄せながら勝利の笑みを浮かべるのだった。



「里親っていったって…どーやって探すんだよ、あいつ」
 レックハルドは盛大にため息をつく。よく考えると、愛想の善し悪しを別として、人とよく話すのは当然商売人のレックハルドの方だ。帳簿をつけつつ足元を見ると、妙に元気な子犬が
じゃれ回っている。
「結局オレが商売しながら探すハメになるんだろうなあ…しかも、食料探す間面倒見ろって押しつけやがって! 何でオレが…! あの考え無しが! 無計画野郎! あっ、こら!」
 口ではぶつぶついいながら、レックハルドは、背の高い草にじゃれながら、草むらに隠れそうになった子犬を慌てて捕まえた。
「やれやれ。…なんか昔羊の世話してたの思い出すな」
 そう言いながら、レックハルドは案外自然な動作で子犬を抱き上げていた。
「ああ、そういえば思い出すよな…。羊飼ってたとき、番犬飼ってたっけ…」
 レックハルド自身は別に犬が嫌いではない。盗賊時代、かなり吠えられた経験はあるが、元々牧童をやっていたので、そういう点では懐かしくもある。ろくな思い出もないが、草原はいい場所だった。
 故郷、と呼べるものがあるとしたら、やはりあの草原だった。ファルケンにとって辺境の森がそうであるように、自分には草原が故郷なのだ。いい思い出ばかりではないというのは、きっとファルケンも同じだ。ただ、幼い頃に故郷を逃げ出してきたレックハルドにとっては、何もかもが希薄な印象しかなかった。
 ただ、夕暮れの時のあのだだっ広い光景が、風に一斉にざわめく草の音だけが、レックハルドの思い出らしい思い出だ。バケツを持ったまま、たたずんでいた身よりのないレックハルドにとって、唯一自分の身上を保証してくれるのは、あの美しい大地の記憶だ。
「ガキの身の上で、お前も思えばかわいそうか」
 レックハルドは子犬をなでやりながらため息をつく。子犬は不安そうに鼻を鳴らして、つぶらな瞳でレックハルドを見上げている。
「そんな目で見るなよな。別に取って食うとか売るとか言わねえからよ」
 レックハルドが珍しく優しくそう言ったとき、後ろで何かが落ちる音がした。何だと振り返ると、ファルケンが呆然とそこにたたずんだまま、不気味そうにレックハルドを見やっていた。あまりに呆然としすぎたので、手にある果物をいくつか地面に落としてしまったらしい。しかし、それを拾いもせず、彼はやっぱり不気味そうにレックハルドを見ている。
「な、何だ、お前は……」
 レックハルドは慌てて子犬を地面におろしながら振り返った。
「い、言いたいことがあったらはっきり言え!」
 訊かれて、ファルケンは慌てて目をそらす。
「え、えっと、いや、その…何でもない…」
「わ、笑うなら笑えよ! 見ちゃいけないものを見たような顔して目を逸らすな! その方がいたたまれないわっ! なんだよ!」
「いや、その……レックが…なんだか色々恐いことになっていたので」
「どういう意味だ! こら!」
「いや、その……ええと」
 ファルケンは、やや笑いながらごまかしつついった。直接、正直、レックハルドが子犬を優しくかわいがる様子が、あまりにも普段とかけ離れすぎていて、ものすごく不気味だったとは言えない。
「なんだ、レックも犬好きなんだなあと思って……」
「うるさいな…! 昔のことを思い出すだけだ!」
 レックハルドはそう言い放ち、ふうとため息をつく。
「…まぁ、たまにはいいけどな。動物も」
「そうか」
 ファルケンは、子犬を抱き上げつつにっこりと笑う。
「でも、本気で動物を飼うなら馬にしようぜ。…あれだと旅にも適応するし、便利だし」
 レックハルドはそんなことを言う。
「でも、野良馬は多分いないと思うし、馬は街にはすてられてないだろ? それに、野生馬は危険だし」
「だから、金が貯まってからな」
「そっか。マゼルダの人は、馬を大切にするよな」
「まあな」
 わざとマゼルダの人、といったが、レックハルドが本当は馬がかなり好きなのは知っている。ファルケンはそれを思い出しつつ、子犬の柔らかい毛並みをつくろうようになでる。
「でも、こいつ売らないのわかってちょっと安心したよ」
 ファルケンはそう言うとレックハルドは軽く舌打ちする。それをききながら、彼は思いだしたようにいった。
「あ、そうか。そういえば、この前、シェイザスが言ってたな。レックみたいなタイプは、人間不信な分、動物には素直に心を開けるさみしいひとなのよ、とか。だから、レックは動物には優しいのかい?」
「そんな事言ってたのか、あの冷血女は! 違う! そうじゃなくてだな!」
「さみしい人ってどういう意味でさみしい人なんだ?」
「オレにそんなこと言わせるな!」
 レックハルドは大声で言い返しながら、ファルケンの手の中のふわふわした毛並みの子犬を見た。先ほどまで、くんくんと鳴いていた犬は、今はいつの間にやら寝てしまっている。
 少し腹も立つのだが、レックハルドはその犬を見つつ、少し安らいだ気分になるのを否めない。仕方がないから里親ぐらいは一生懸命探してやろうと思うレックハルドであった。






 やたらとそろそろと近寄ってくる影が一つ。レックハルドは再び嫌な予感を覚えながら振り返る。
「……こ、今度はなんだ?」
 ファルケンは、レックハルドの顔色をうかがいながらこう聞いた。やっぱり、手は後ろ手に回している。
「レック、猫も嫌いじゃないよな?」
「またか、貴様!」
 案の定、ファルケンの手には、ふわふわの毛並みの子猫が抱かれているのだった。



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©akihiko wataragi