辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005


  
 

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 50.「チャンス」 
 勝負は一瞬


 キラキラと光る水面に、碧色の目を落とす。光がはね返り、その碧の表面にちかちかと光がはねている。さらさらと流れる水は、流れていくたびに石に当たってはわずかにうねる。そのたびに太陽の光を反射して、一瞬輝いて流れ去っていくのだ。
 ファルケンは息を詰めながら、ずっと水面を見つめている。靴を履いたままの足を流そうとする水の勢いをものともせず、彼はただそこに突っ立っている。濃紺のコートに、鮮やかな原色で彩られた腰巻き。鮮やかな色は、川面に色をわずかに落とすだけで、まったく動く気配はない。透き通ったエメラルド色の川の水は、流れながらも川面の石が見えるほどには美しい。 深い方はより濃い青色をしていて、水底までは流石に目視では探れない。しかし、そこからすうっと何か流線型のものが、浅瀬に忍び込むように入り込んできた。陽光が透けてきらきら光る石の上に、その魚はふーっと縫うように進んできた。鱗が一瞬光を反射して、ファルケンの目を掠める。
 と、その魚を瞳だけで追っていたファルケンが、不意に動いた。水面に映る影が揺れるのを最小限にして、そして、次の動作にうつる。魚はまだ、彼の目の内に入っている。
「今だ!!」
 ファルケンは手にしていた枝を細くとがらせて作った銛を水面に向けて投げつけた。
 ザバッと水面を割って水しぶきが上がる。水面に広がる波紋を見ずに、ファルケンは波紋の中心へと急いで足を進めた。



 パチパチというたき火の音とじゅうじゅうと焼けた油が立てる音は、心地よい。それを聞きながら、レックハルドは、先ほどから目をつけていた焼けた魚を一匹ひょいと枝を削って作った串ごと取った。
「珍しいな、今日は結構多いじゃないか。わりとでかいし。」
「今日は魚が多かったんだよ。それに、今日は調子が良かったしな。」
 そういって、焼き具合をじっと観察しているファルケンの目は、炎に染まってオレンジ色に見える。はたはたと扇いだりしながら、自分が目をつけた魚の焼けるのを待っているらしい。
 レックハルドはそれを見ながら、魚の背にかぶりつく。
「おお、この魚結構いけるじゃねえか。」
「あれ? レックってそんなに魚好きだったか?」
「今日のは、スパイスのきき具合がいいんだよ。」
 そういいながらも、レックハルドは、上に熱で溶かしたバターをかけながら、口の中に入れている。すでにバターを軽く塗っていたのだが、それに輪をかけるようにバターを塗るレックハルドは、結局のところ、魚と言うよりスパイス、スパイスというより乳製品が好きなのだろうなと思う。
 ファルケンは、さすがにそこまでバターをかけない。あまり食べ物にこだわらないレックハルドのそういう一面を珍しそうに見ながら、いい具合に焼けた魚に手を出しかけ、危うくやけどしそうになって慌てて手を引っ込めた。
 その様子を見て、レックハルドは、けけけと笑い声をあげた。笑われて少し不機嫌なファルケンは、むっとした目をレックハルドに向けたまま、今度はやけどしないようにそうっと用心深く串を手に取る。
 レックハルドは、自分の分をむしゃむしゃと食べながら、ふとしみじみと呟いた。
「しかし、お前と一緒に旅してて一番良かったのが飯だよなあ。これだけ金を使わずに食えるようになるとは。スパイスも、お前どこからか採ってくるし。」
「でも、たまには茶店で食べるのもいいと思うけど。色んな味が楽しめるし。」
 ファルケンは苦笑いしながら、本音をポツリと漏らす。
「贅沢言うなよな。折角狩猟採集生活のプロなんだから、能力活かせよ。そもそも、お前猟師なんだろ。」
「そうだけどさ。…たまには贅沢したくなるし…」
 ファルケンはそういいながら、自分が捕ってきた焼き魚を口にする。スパイスと塩を振った焼き魚は、ちょうどいい焼き具合で実にうまい。
 たき火の隣では、別に作っていた野草のスープが煮えていた。魚を口にくわえたまま、ファルケンはそれを入れ物に入れた。
(オレは、狩りとか釣りとか採集とか嫌いじゃないからいいんだけど…。)
 ふとファルケンは思う。
(普通の旅人みたいに外食するのも、何となくあこがれがあるんだよなあ。)
 倹約家のレックハルドと旅をする限り、きっとこんな狩猟採集生活が続くことは間違いない。それもわかりきったことなので、今更ファルケンは、深く追求したりはしない。
 何となく不満もあるが、だが、魚とスープのとろけるような味を味わうと、結局そういうことはどうでもよくなる。ファルケンは、まぁ、味がよければなんでもいいか、とその話をうち切って、やせの大食いのレックハルドに全部食べられない内にと思って、早速二本目に手を出した。

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©akihiko wataragi