辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005


  
 

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48.呆れ
「サイコロにかける青春」

最初からおかしいと思うべきだったのかもしれない。
「いーくぜえ!」
 ファルケンが絶叫しながら、牌を投げる。すでに声が裏返っていて彼の精神状態がいかに高揚しているかがわかる。
「全額半だッ! 勝負ッ!」
 響く相棒の声を聞きながら、レックハルドは、わずかにため息をつき、ターバンのずれを直していた。
「…あいつの性格がますますわからなくなった。」


 最初は軽い気持ちだった。ちょっと余裕ができたし、いつまでもまじめに旅をしていても疲れるだけだ。少し気張らしにでもいこうということで、その街の大きな賭博場に向かったのだ。ここの賭博場は、国の公認である。もっとも、仕切っているのは暗黒街の無頼達であるが、少なくとも摘発されるおそれはないわけだ。
 だが、レックハルドは知らなかったのである。
 
 ――まさか、ファルケンが、博打を始めると性格が変わるタイプだったとは…


「レック、か、金を、金をかしてくれ!」
 負けて所持金がなくなったのか、ファルケンがふらふらしながらやってきた。レックハルドは思わず苦笑いを浮かべる。
「おいおい、お前、キャラクター変わってるぞ。」
 まさか、ファルケンがこんなばくち狂いだとは思わなかった。レックハルドはため息をついたが、懐に余裕があると人間ろくな気分が起こらない。うっかり財布をゆるめる。
「お前、もうこれでやめとけよ。」
 レックハルドは、そういって珍しく金を貸してやると、あごひげの大男は、にっこりと妙にあどけない笑みを浮かべた。だが、その笑顔とは裏腹にファルケンの言った言葉はなかなか恐ろしいものだった。
「ありがとう! でも安心してくれ! これで大勝負に勝ってくるから!」
「負けっ放しの奴に笑顔でそんな事言われても、信用できるか!」
 レックハルドは冷たく言った。
「お前、どういう神経してるんだ。今まで五連続で負けてるんだろ。」
「今まではウォーミングアップ。勝つのは今から!」
 いつもは、レックハルドに言われると多少逡巡しながら言葉を返してくるファルケンだが、この時ばかりは異様なまでに自信満々である。
「これが、勝つときの黄金法則だ!」
 その目が異様な輝きと熱を帯びているので、レックハルドは額に手をやった。駄目だ。完全に舞い上がっている。
 ファルケンは、さいころ賭博が好きらしい。今日、いきなり手作りのいかさま用のサイコロをポケットから取り出してきたときには本当に驚いた。もちろん、彼はいかさまはしないが、そういう仕掛けを覚え込むほどにははまっているということである。
 そんなファルケンだが、賭博場では別にカモにされているわけではない。意外にファルケンは博打に勝つことが多いのである。実際、最初のうちはいくらか勝っていた。それに関してはレックハルドも文句は言わないのだが、ファルケンが大問題なのは、彼の金のかけ方だ。
 金銭に執着を持たないファルケンの課金の仕方は、あまりにも豪快すぎる。常に勝った金を全額投げうって、大勝負を挑むのだ。なので、勝ったときはいいとして、負けたときの負けもまた凄まじいのである。
「お前、目つき怪しいな。大丈夫か?」
 レックハルドは、あきれたような顔で彼の方を見た。
「大丈夫だよ! 次こそ勝つっていってるだろ?」
 ファルケンは、それこそ熱に浮かされたような目でレックハルドを見た。
「次はツキの神様が降りてくる。オレにはわかるんだ。」
「そう言うことは訊いてねえし、そういう意味で大丈夫かときいたんじゃねえ。オレはお前があんまり調子に乗ってるから、帰って心配になって、大丈夫かと訊いたんだ。」
 レックハルドは肩をすくめた。
「お前、ホント、博打始めると性格変わるよなあ。」
「オレには見えるんだ。レック! ツキの神様が、さいころを回しながらやってくる姿が!」
 レックハルドの言葉をきいていないのか、急にファルケンは何かに取り憑かれたような目をしたまま断言してきた。その目とその内容の危なさに、レックハルドは思わず一メートルほど後ずさる。
「お、お前な! そ、そりゃなんかやばい幻覚じゃねえのか。お前、なんか、危ない薬草とかキノコとか食ったんじゃねえだろうな!」
「違う! オレには見えるだけだ!」
 ファルケンは力一杯否定した。
「普通見えないっつの。」
「レックもこのロマンを理解すれば見えるようになる。」
(いや、オレはそういうのあんまり見たくねえよ!)
 心の中で大声で叫ぶが、ファルケン本人にはいえない。今のファルケンを刺激してはいけない。なんだかそんな気がする。ファルケンは、がっと左手でレックハルドの右肩をつかんでいった。
「レックにはわかんねえのか! 男のロマンっていうのが!」
「わ、わからねえ…。いや、ホント純粋にわからねえ。」
「さいころの回る一瞬に、全てをかけるときの高揚感! それが博打の醍醐味じゃないのか? 男の意地とロマンのぶつかり合いを生で体験だ! 破滅と栄光の狭間のあの緊迫の一瞬! 寒気がするような戦慄と勝ったときのあの喜び! レックにはわかんねえのか? あの歓喜の一瞬が!」
「…お前、いつの間にそんな語彙が増えたんだ?」
 意外に口が回るんじゃないのか、この男。レックハルドはそう思いながら、ため息をついた。口べたで通っている彼が、こんな芝居の口上のようなことをいうなどと、普段の彼から想像できようはずもない。
 ファルケンの博打に対する熱い思いをきかされながら、この情熱がどこから出てくるのか、レックハルドにはいっそ不思議だった。


 
「勝負!」
 向こうから壺振りの声が聞こえた。何となく結果は見えている。レックハルドは、ぽつりと「今のは如何様で丁だよ。」と呟いた。やがてため息をつくだろうファルケンを思い浮かべながら、レックハルドは、博打なんかにファルケンを誘うんじゃなかったと盛大に後悔した。

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©akihiko wataragi