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35.焦燥
一蓮托生
茂みに隠れながら、ひたすらレックハルドは頼み込んでいた。
「な、なあ、頼む。」
しつこくレックハルドに頼まれ、ファルケンもいい加減困ってきていた。
「そんな、オレもムリだよ。」
「そういうなって! オレを助けると思って! 謝るの、お前得意じゃないか!」
「べ、別に謝るのが得意じゃないよ。だ、大体、…レックでもムリならオレはもっとムリだよ。」
「オレあの女苦手なんだよ。」
レックハルドはやや青ざめながら、後ろを指さす。そこには、長い髪の女が立っている。なめらかな黒髪に白い肌。切れ長の美しい双眸に、赤い唇。すらりとした細身の美しい女だ。前を通ると誰もがハッとするし、絶世の美女といわれれば思わずうなずいてしまいそうな女である。
だが、同時にあの女は氷のような冷たさを感じる女でもあるのだ。アレにでれでれするような男は危機管理ができていない、と個人的にレックハルドは思う。
そして、普段ぼーっとしているようなファルケンではあるが、その辺の危機を察知する能力だけはあるらしい。彼が必死にレックハルドの依頼をさけようとしているのは、間違いなくその理由からなのだ。
「シェ、シェイザスはレックとの方がよく喋ってるから…」
「お前、オレの頼みを断るつもりか!! そんなに自分の身がかわいいのか!」
「レックだって自分の身がかわいいからオレに頼んでるんだろ?」
ファルケンはそう言い返しながらも、あまり強く返せない。何とか本人にどうにかしてもらおうと、そうっとこう聞いてみる。
「大体、何があったんだ? 何を謝ってくるんだよ?」
レックハルドは後ろをこそっと覗きながら、ファルケンに小声でささやく。
「この前、あいつに売った布が傷物だったらしいんだよ。それに気がついたらしくて、ちょっと機嫌が悪いらしくってさあ。…謝ってくれ、な、オレの代わりに!」
「じゃあ、新しいのあげればいいじゃないか。」
「バッカ野郎、あの女が、あの女がそれだけですませてくれるわけねーじゃねえか。それで済むならとっくにそうしてるっつーの!」
レックハルドは、たらたらと冷や汗をかいている。
「オレはな、ああいうつめたーい美人には関わらないようにしてるんだ。眺めるだけならいいが、ああいうのに深入りすると絶対に痛い目にあ…」
「それ、誰の事かしら?」
レックハルドがさーっと青ざめるのがわかった。慌てて振り返ると、そちらには黒髪の美しい女が、唇をひきつらせながら異様に綺麗な笑みを浮かべている。
「久しぶりねえ、レックハルド。…あなた、私になにかいうことがあるんじゃなくて? しかも、さっきの痛い目にあうって誰の事かしら? 説明してくれるかしら?」
「ああ、その、はっははははは。」
そうっと足を動かしかけていたファルケンは上着の首根っこをつかまれ、少しだけ首が絞まったらしく、ぐえっと声を上げた。肩を組むようにぐいっと引き寄せられ、ファルケンは真っ青になったまま、恐る恐るレックハルドの方をそうっと覗く。明らかにいつもとはちがうレックハルドは、鋭い眼差しを彼の方に向けている。
「どこへいくんだファルケン。」
「ちょ、ちょっと、そこに、珍しすぎる草花が生えていたもんだから。」
「へえ、そうか? だったら後で採集すればいいじゃねえか。」
「あの、その…」
レックハルドは、目の前にたたずむ占い師を絶対に見ないようにしながら、ファルケンの方を横目で睨んだ。
「お前、オレを見捨てて逃げるんじゃないだろうな。」
「だ、だって…」
前方に黒いシェイザスが立っているが、やはり彼も恐いので見ないことにする。
(ど、どう考えても、オレ、ただのとばっちりじゃないか?)
そう言いたかったが、この雰囲気で言えるはずもない。レックハルドはがっちりとファルケンの服を掴んだまま、離してくれそうもない。かなり危ない笑みを浮かべながら、レックハルドは、悪役よろしくこう呟いた。
「ふ、ふふふ、一人で地獄にはいかん。お前も道連れだ!」
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