辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005


  
 

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注:第二部第二章、第三章のネタバレを含みます!


この作品の登場人物は、第二章のお二人です。
32.知らなかった
「裏工作」


 とりあえず、ここでの手続きを済ませて、レックハルドはため息をついた。キャラバンを率いるというのもなかなか大変である。しかも、ファルケンが勝手にあちこちから、役に立たない連中を拾ってくるので、その辺の手続きがまた大変なのだ。
 宿舎にもどってきたレックハルドは、中身を売ってしまって必要なくなった小さな空箱を手にしながら、相棒がいるはずの部屋にふらりと入る。
「おい、終わったぞ。明日早めに出立の…ん?」
 いい気なもので、十年近くつきあっている相棒は、酒など片手に青い数珠のようなものをぐるぐる回して遊んでいるではないか。最近は、比較的気が長くなったつもりのレックハルドも、さすがにむかっとした。
「このアホがッ! 人が忙しくしてるときに遊びやがってッ!」
 思わず手にしていた箱を投げつけると、目の端で見ていたのか、ファルケンは獣じみた動きでがばっと起きあがるとそれをよけた。手には飲みかけの酒瓶が握られたままである。
「チッ、うまくかわしやがったか!」
 レックハルドが舌打ちすると、さすがに不満そうにファルケンがこちらを睨んできた。
「あ、あっぶねー! 何するんだよ、レック! 酒がこぼれたらどうするんだ!」
「本当は箱じゃなく、短剣投げたい気分だったんだぞ、オレは! オレの自制心に感謝しろ、このアル中野郎!」
 怒鳴りつけてから、レックハルドはふとファルケンが手にしている青い数珠のようなものをみた。
「あ、あれ? なんか、それ見覚えあるな。」
「ああ、だって、これ、オレが昔作った奴だから。」
 レックハルドの問いに、彼はさらりと答えた。
「ほら、この前、昔のあんたがここに来てただろ。あの時、あいつが気絶しているときに、こっそりいただいておいたんだよ。」
「いただいて…ってお前…」
 いくらか呆れた口調でレックハルドはいった。
「オレだって、あんたの行動をずーっとみてきたわけだから、スリのまねごとの一つや二つ…。寝てるときならまだしも、気絶してる時だったから、そっとすり替えてもわかんねえだろうしなあ。」
 あはは、とばかりに笑うファルケンに、レックハルドは睨む。
「ちょっと待て、そんな言い方したら、オレが手癖悪いみたいじゃねえか!」
「実際、悪いだろ。この前だって、なんか財布を引き抜い…あいてっ!」
 レックハルドは、思わずそろばんでファルケンの頭を一発殴っていた。さすがにファルケンは不服そうだが、レックハルドの機嫌の悪さも凄まじいものである。
「…な、なんだよ、事実なのに。」
「オレの悪事をばらすな! 今はオレは堅気なんだぞ! た、ただ、あの時は、うっかり手が滑っただけだ!」
(滑ったことは認めるんじゃないか。)
 殴られた頭をさすりながら、ファルケンは不本意そうにしていたが、ふとその守護輪を見直して唸った。
「魔力のバランスが悪いし、大体なあんで羽なんかつけたかなあ。ボロボロになっちゃって…」
「ちょーっと待て、お前、すり替えたと言ったな。…弾け飛んだのは、じゃあお前が作った偽物か?」
「偽物?」
 むっとした顔をして、ファルケンはレックハルドの方を睨んだ。
「偽物じゃないぜ、あれはオレの最高傑作だ! 今までの中ではだけど。守護輪なんてもんは、普通は気休めぐらいにしかきかないんだぜ。それをギルベイスの魔法から対象を無傷で守るぐらいにするには、相当腕がいるんだ。たまたま、あれはうまーくできてたんだぞ。」
「ほほう、えらく反論するじゃねえか。」
 ファルケンがここまで言うということは、本当に自信があったのだろう。プライドなんて皆無なくせに、妙なところにだけこだわりがあるらしいのだ。
「まあ、仮にそれが傑作だったとしてもよ、ホントに、あいつの魔力を跳ね返せるのか? …失敗してたりしてな。」
 嫌味っぽくいってやったが、ファルケンは、えへんとばかりに少し胸を張っていった。
「だいじょーぶだよ。オレはそんなへましないって!」
「えらく自信過剰だな。」
 ファルケンは屈託のない笑みを浮かべながら、自慢げにいった。
「ぬふふふふ。だってさ、一流の職人ってのは、結果を見なくてもいいんだよ。それだけの自信があるってことだろ? オレは今なら自信あるね!」
 言い終わってから、彼は少し考え直し、ふむとばかりにあごに手をやった。
「でも、ま、ちょっと反応は生で見たいよなあ。だって、結果を知りたいのも職人の興味だし。」
 まるで矛盾したことをいいながら、ファルケンは、にゃははははは、とふざけた声を上げて笑う。
「あ、そうそう。ひどい出来だから、オレ、これ捨てようかなあと思ってみてたんだけど、よく考えたらこれってマリスさんとのペアでつくったんだったよな? だから、やっぱりレックに返すよ。新しく作り直したけど、ないとやっぱり悪いよなっ!」
 はい、とばかりにそれを渡して、ファルケンは酒を片手にふらりと歩き始める。
「それじゃ、オレ明日の用意してくるわ!」
「……あ、ああ。行って来い。」
 レックハルドは実に複雑な顔でそれを見送ったが、酒を飲んでいい気分のファルケンは彼の顔も見なかった。そのまま、弾むような足取りで行ってしまった狼人を見ながら、レックハルドは、思わず歯がみした。
「くそっ! またお前にしてやられたのかよ。」
 レックハルドは、悔しそうに言った。
「オレ、あれが飛び散ったとき、結構ショックだったんだぞ…。暗い気分になったってぇのに、結局てめえの小細工かよ!」
 思えば、ファルケンにはずっと謀られてばかりだ。他人にはほとんど騙されたことのないレックハルドだった。自分がよく人を騙すだけに、誰がどう嘘をついているか、見破ることには自信がある。
 だが、ただ一つ、彼が見抜けないタイプがあるのだ。それが、ファルケンのように悪気なく、あるいは自覚なく人を騙す輩である。レックハルドにとって、そのタチの悪い嘘をつく男の代表がファルケンだった。身近にいるだけに、今までどれだけ騙されたか知れない。
「あぁの野郎〜〜! オレの残り少ない良心もて遊びやがってぇえ!」
 レックハルドは思わず足下にあった皿を蹴った。
「ちきしょう! …いつか、覚えてろ、あの野郎!」
 レックハルドはそう吐き捨て、密やかに復讐を考えるのだった。

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©akihiko wataragi