辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005


  
 

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注:第二部第二章のネタバレを含みます!


この作品の登場人物は、二章の例の二人組です。
29.まいったな
「自信の裏側」


「よーし、それ積み込んだら、今度は点検な。」
 くわえた煙管から薄く煙を吐きつつ、ファルケンはそういって、小船に詰まれた荷物をぽんと叩いた。
「しかし、魔幻灯の旦那。こんなに積み込んじまってよかったんすか。」
「あー、多分大丈夫じゃないのか?」
 ファルケンの返事が本気なのかどうかはわからない。この男は、生返事と普通の返事が時々同じなのだ。水夫は、山のように詰まれた荷物を見上げながら、不安げに、しかし、チーフの返事を信じながら頷く。
「そ、そうですね。頑張ります。」
「おー、頑張ってな。じゃ、任せた。」
 ファルケンはそういうと、たんと舟の舳先を踏んで桟橋へと降り立った。後ろで悲鳴が聞こえたような気もしなくもなかったが、耳のせいということにして無視していると、反対側から何か不思議なものが飛んできた。ちょうどいい具合にすかーんと頭にそれが当たり、ファルケンは思わずぎゃあっと悲鳴を上げた。
「か、角がーッ!」
 避けそこない、それに当たった彼が頭を撫でつつ唸っていると、後ろからやってきた煙管をくわえた男が走ってきた。ファルケンは、落ちていた帳面を拾い上げた。そんなに分厚くはないが、角のところはしっかり糊で補強されているので、当たると結構痛い。彼は、それを突きつけながら、それを投げた張本人に言った。
「レック、何するんだよ。角だったじゃないかよ!」
「狙ったから当たり前だ! アホかお前はッ!」
 やってきたレックハルドの機嫌は最高潮に悪いらしい。いきなり、胸倉をつかまれ、ファルケンは反射的に、これはまずいと思う。
「なっ、何だよ? 何怒ってるんだ?」
「黙って後ろを見ろ!」
 レックハルドは、そういって彼の背後を指差した。そうっと振り返ってみる。
 なんだか嫌な予感はしたが、言われたとおりに後ろを見ると、先ほど彼が飛び降りた船は見事にバランスを崩していた。転覆は免れたものの、折角積み上げた荷物がばらばらになってしまっている。水夫がおろおろしながら、慌てて荷物をおさえていた。
「あらら。」
「あららじゃねーっ! 荷物が濡れたらどうするんだ! お前みたいなでかい奴が一気に体重移動したら、バランスが崩れるだろが!」
 舟に乗っていた人間の心配はどうなんだといいたいところだが、そんなことをこのレックハルドにいうのは、何となく不毛だ。
「お前って奴はなんでデリカシーがないんだ!」
(そんなの、レックに言われたくないような気も…。)
 そっと思うが言うと刺激するので今は言わない事にした。
「ったく、昔はそんなんじゃなかったろ! いつからだ!」
「…そんな、昔のオレよりは役に立ってるだろ? 色々融通もきくようになったし。 」
 ファルケンは不服らしく、軽めに反論した。
「融通とかそういう問題じゃねえっつの!」
「で、でもほら、おおらかっていうのはいい言葉だろ。オレは変わってよかったと思ってるんだよなあ。」
 ファルケンは、相手をなだめるためもあって、ゆったりと微笑みながら言った。
「実際、オレ変わってからちょっと幸せになったし。」
「お前だけがな! しかも、お前の場合は変わりすぎだろ。」
「そーかなー。」
 ファルケンは、ふっと薄い煙を吐いた。その態度が、何となく反省していないように見える。ひくりと、レックハルドは口元を引きつらせた。
「いつの間にそんな自信過剰なやろうになったんだ? 昔はもっと、どっちかってえと自信がなくておろおろしてるタイプだっただろ。」
 レックハルドは嫌味っぽく言ったが、ファルケンは軽く流した。
「あの時は、ほら、悩み深かったから。今は悩み事ないし。」
「なんだそりゃ!…単純な野郎…!」
 隣で同じく煙管をふかしながら、レックハルドはファルケンを睨んだ。
「大人しくしてくれてた方がよかったぜ。今じゃ勝手に博打はするわ、酒は飲むわ、とんだ金食い虫だ。多少自信喪失ぐらいのほうが楽でいいぜ。」
「そこまで言う事ないだろ。」
 ファルケンは不服そうに言った。
「大体さ、オレがこうなったのはそもそも…」
 言いかけて、彼は口を閉じた。言ったところでわからないだろう。
「もういい! 崩れた分つみなおすの手伝え!」
「わかった。わかったよ。すぐやるから!」
 ファルケンはレックハルドの剣幕に負け、ファルケンは慌てて頷いた。
 まったく、しょうがない。ファルケンは半分苦笑しながら髪の毛をばさばさとかき回し、進みだしたレックハルドの後を追う。
「お前の無神経さは全く! 鋼鉄並の神経だな本当!」
「こ、鋼鉄は言いすぎだろ。大体金属だったら響くから割と繊さ…」
 いいかけてにらまれ、慌ててファルケンは口を閉ざした。
(まいったなあ。…ホント、レックも相変わらずなんだから。)
 ファルケンは、そっと思いながら今日はなるべく彼の神経を逆なでしないようにしようと誓う。レックハルドは割りと気分やなのだが、今日はそもそも虫の居所が悪いらしいのだ。
 でも、と心の中でこっそりと呟く。
「言ってもわかんねえだろうなあ。オレが変わって感謝してるなんてさあ。」
「何が?」
 思わず声に出ていたらしく、ファルケンは慌てて首を振った。
「な、なんでもない。」
 なるべく神経を逆なでしないようにすることを誓ったばかりで破るのも面倒だ。それを確認してから、そして、先ほど言わなかった続きを、心の中でだが、ふっと一言吐き出した。
(その鋼鉄並みとやらな神経を支えるオレの自信の半分は、あんたが裏打ちしたんだぜ。)

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©akihiko wataragi