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13.悩む
「涙ぐましく努力」
ついている日もある。
夕暮れには少し早いが、今日はこれで仕事をきりあげてもいいかもしれない。それぐらいレックハルドは機嫌がよかった。
交渉がまとまって、持っていった品物を全部売りさばいて手ぶらで帰る彼は、帯に両手をひっかけながらふらふらと帰ってきた。よほど良い条件だったのは、彼にしては珍しく鼻歌が飛び出ているほど機嫌がいいことからすぐにわかるだろう。
露店をファルケンに任せておいているので、レックハルドは市場の一角に歩いていった。そろそろ客足の伸びない時間である。案の定、布を広げた敷物の上でファルケンは、なにやら工作に励んでいた。暇にあかしてまた何か作っているのだろう。いかにも不器用そうなくせに、案外手先は器用にできているらしい。
ファルケンは、なにやら座り込んで、一心不乱に何かを削っていた。しゃきしゃきしゃき、と規則的に響く音が耳につく。
「よお、どうだった? 何してるんだ?」
レックハルドは、陽気にきいた。ファルケンは、それでようやく顔を上げた。
案の定、そう売れた気配はないが、今日のレックハルドはたいていのことでは怒らない。これで機嫌が悪ければ、一言二言なじったりするのだが、レックハルドは機嫌のいいときは不気味なほど寛大な男になるのだった。
それは、ファルケンも良く知っているはずなのだが、なにやら今日はファルケンの方が難しい顔をしている。
「ん? どうしたんだ?」
レックハルドは、首を傾げつつ、帯に手を掛けたままそろっとファルケンをのぞき込んだ。
「……何でもないよ」
あからさまに不機嫌そうな声がかえってきて、ファルケンは、また木くずを削っている。レックハルドは、少しだけ眉をひそめた。
「なんだ、何でもないことねえだろう? どうした、絡まれたのか?」
レックハルドは心配そうな顔をする。
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
ファルケンは、少し困ったような様子を見せた。その態度をますます怪訝に思いながら、レックハルドは先を急かす。
「じゃあ、いえって。我慢するのはよくないっていったろ?」
「う、いや、その……我慢してるわけじゃないんだけど……」
ファルケンは、手を止めて顎髭を撫でながら唸る。
「なんだよ?」
「……うーん、あ、あんまり大きい声でいうと、オレ、自分で言ってて余計にショックだからなあ、どうしようかな」
「はぁ?」
きょとんとするレックハルドを、ちょいちょいと手で招く、レックハルドは仕方なく耳をかす。ファルケンは戸惑いがちに、一言二言小声で何やら告げた。
「ひっ……」
レックハルドは息を大きく吸い込む。じっと彼を見上げてくるファルケンを見ながら、レックハルドはそのまま遠慮なく大声で笑い出した。
「ひゃはははははは! マジかよ! はははははは!」
「な、何だよ! 笑うことないだろ!」
ファルケンは、レックハルドを軽く睨むが、彼自身は近くの木の幹に倒れかかるようにして、もたれかかりながら大笑いしている。
「隣にいた露天商の連れてきた女の子に顔が恐いって泣かれたってかあ! わははははは」
「な、なんだよっ! 話せっていうから話したのにっ!」
削りかけの木片を放り出して、ファルケンは不機嫌そうに腕を組んだ。
「そう怒るなって。悪い悪い! 悪かった!」
まだ怪しい笑いを浮かべながらそんな軽い調子で謝るレックハルドに、不審そうな目を向けるファルケンだったが、レックハルドの方は全然気にせずに、帯に手をかけたままひょいと横にすわった。
「うひひひ、まあ、そういうこともあるだろうなあ」
「オレ、そんなに顔が恐いのかなあ」
直接答えずに、ファルケンは膝を抱えて落ち込んだ様子を見せている。
「あのなあ、冷静になって考えろ〜。大体、背が高いだけで子供から見りゃ威圧感十分なんだよ!」
「そ、そうなのか……」
膝をかかえつつ、はあとため息をつくファルケンがあまりにも面白いので、レックハルドは、更にからかって笑いながら言う。
「それから、メルヤーな。それやってると素顔の二倍は恐いだろ?」
「そ、そうかなあ……」
「それから、お前、普段から目つき悪いんだよ」
ファルケンはどきりとして、しゅんと膝に顔をうずめてしまう。確かにファルケンは目つきが悪い。厳密に言うと、目が大きいので笑っていないと睨んでいるように見えるのだ。柔和な顔立ちの多い狼人には、結構珍しい目つきではある。
「そ、ソレを言われると、オレどうしようもない気がする……。どうしようもないもんなあ、目つきとか……」
しょげかえってしまったファルケンは、すっかり落ち込んでめげてしまった。
「まだ、狼人だって言われて逃げられる方がよかったなあ……。そっちのが、慣れてるし。目つき悪いなんて、オレ、もう絶望的だ。オレにとっては死活問題だよ……」
「い、いきなりどきっとする事言うな」
からかっていたのに、そこまで深刻なことをいわれては困る。レックハルドは少し焦った様子でそういうと、肩をすくめた。
「大体、ガキ共に気に入られようなんて無謀なことは考えるな。奴等はこの世で一番無慈悲なんだぞ。悪気なくひでえことばっかりいいやがるし、やってることもえげつないし。ありの巣つぶしたりとかなあ、ガキばっかりだろが、そういうことするの」
「無慈悲って……」
それは少し言い過ぎじゃないか、と言おうとして、ファルケンは苦笑いした。
「でも、子供は結構かわいいよ。オレの背丈の半分ぐらいしかないから、下見てないと、たまに踏みそうで恐いし、たまに集団で来られると、オレの方が疲れて死にそうだけど……」
「お前の場合はそうだろうな」
意外に背の高いレックハルドも、気をつけないと足下にいる子供が見えないことがある。ファルケンぐらいになれば余計にそうなのだろう。
ファルケンはいつの間にやら木片を拾って、再び作業に戻っていた。
「お前もモノズキだなあ。そんなにかわいいもんか? ガキなんて……」
「あれ? レック子供嫌いだっけ? あれだけ遊んでたのに?」
ファルケンは首を傾げた。ファルケンは、レックハルドが案外面倒見がいいのをしっているし、たまに自分と一緒に遊んでいるのも見ている。
「仕方ないから遊んでやってるだけだ。オレは、あーいうちょろちょろした騒がしいのは嫌いだね」
冷たくいうレックハルドを見ながら、ファルケンはぱちりと瞬きして、あきれたようにいった。
「素直じゃないなあ……。タンジスさんの所とか遊びに行くと、絶対にあそこの子供達におみやげ買っていってるじゃないか」
「ああ、あれは、ただの建前だ。別にオレは、ミリアの喜ぶ顔が見たいからとかで、アクセサリを買っていく訳じゃあ……」
(やっぱりそうなんじゃないか)
ファルケンはそう思うが、もう口には出さない。ため息をつきつつ、再び作業に戻りながら、ふと言った。
「将来、お金が貯まったら、なんか孤児院とかそういうのがたてられたらいいなあとか思ったりもするんだよなあ」
しゃく、と木を削る。
「そうしたら、世の中のためにもなりそうだし、オレも子供と遊べるし。どうせ、オレが大金もっても、博打しか使わなさそうだし」
「慈善家だねえ、お前は……。オレだったら、それなら、全額オレの為に注ぎ込むね。砂金の山でも買って、その中で埋まるとか、そういうのもいいかも」
黄金の幻でもみているのか、へへへ、と怪しい笑みを浮かべ始めたレックハルドを見やりつつ、ファルケンはふとつぶやく。
「砂金だと埋まったら間違いなく窒息して死ぬよ?」
「馬鹿! 例え話だろ! まじめにつっこんでくるなよ!」
とはいえ、何となくそれはそれでいいかも、などと思いそうな自分に、レックハルドは首を振る。いくら金が好きでも、さすがに命にはかえられない。
ため息をつき、気持ちを入れ替えながらレックハルドは、がらりと話を戻して言った。
「まあ、強面はしょうがないだろう? なにか、工夫して少なくとも恐がられないようにすればいいんじゃねえか」
「そうだなあ……そうだけど……」
ファルケンは、作業中の何かをひょいと持ち上げる。細長かった木片は、いつの間にか上の方が丸くなっていた。それをのぞき込んだレックハルドは、おお、と声を上げる。
「何作ってるのかと思ったら、人形か?」
「うん、まあ」
大きな目にちょこんとした鼻に、小さな口。愛嬌のあるかわいらしい顔立ちのそれは、ファルケンが作ったとは思えないところがある。
「相変わらず小器用な奴だな。意外にうまいじゃないか」
「そ、そうかなあ?」
ファルケンは、ふと目を輝かせてレックハルドを見上げる。
「これ、かわいいかな?」
「ああ、女の子とかそういうの好きそうだなあ」
「今日は泣かせちゃったから、お詫びにと思って必死で作ってみたんだけど……」
ファルケンはそういって、ほっと息をつく。
「それじゃあ、明日もここに来るって言ってたし、会ったらお詫びに渡しておこう。なんか泣かれたままだと、オレが立ち直れないし」
「一生懸命作ってるのはそのせいかよ。……涙ぐましい奴だねえ、お前」
何となく切ない気分になって、レックハルドはやれやれと肩をすくめた。そして、その人形をじっと見やる。
「なあ、ファルケン……」
「え? 何?」
急に猫なで声を出したレックハルドを不気味そうに見つつ、ファルケンは反射的に人形をかばうようにした。
「その人形、うらねえか? 高く売るぜ?」
「やっぱりそれか……」
ファルケンは、呆れた様子でレックハルドをみやりながら、更に人形を背後に隠した。
その翌日、やはり女の子に怯えられたり、その横でそれを見ながらレックハルドが大笑いしていたりと、あれこれ波乱があることは、その時のファルケンにはまだ予想もできないことである。
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